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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 狂気の高め方、昇華まで
2006年03月11日 (土) 編集 |
十二歳。

分別がつくかつかないか、ついているのに、
確信犯的に、血の気が多い行動を取る。

そういう地域で、
毎日がそういう世界に片足を入れているのだけれど、
成績も良く、
友人にも恵まれ、
教師にも大事にされ、
家庭も落ち着いていて。

血が滾るような、
触れれば壊れるような、暴発。
共感するのは、フリ、だった。

学校を休まざるを得ないほど、
怪我をした友人もいた記憶がある。
昼下がり、とぼとぼと見舞いに行った。
お婆さんが出てきて、
「はい、レモンチーな」
と、レモンティーを出してくれたのを思い出した。

やっぱり身近ではあったけれど、
自分の世界とは、融合しなかった。
一緒に遊ぶけれども、どこか自分には狂気が足りないと感じ、
また、それを何とも思わなかった。


そんなある日、
初めて、心の底から、自分の狂気を感じることがあった。

たまたま、手に入れた、音楽、
中村紘子氏が演奏する、ショパンの”バラード第1番 ト短調(Chopin:Ballade No.1 in G Minor)”。
初めて、心の底から、美しいと思ったクラシックの曲でもあった。

”刹那さと切なさ”、
最初に、こういう語彙が自分に湧いてきたのを覚えている。
よく当時の自分に”刹那”という語彙があったと振り返ると驚愕する。

激しい狂気が、行ったり来たり、
流れるような、堰き止められるような。

狂気が高められていくうちに、春の温かい日差しに、地平線まで続くコスモス畑が続くような。
切ないのに心地良い、華やいでいる。
強さがある。雄大である。


自分の人生を美しく創りあげたいと、
最初に思った瞬間が、
十二歳、この楽曲に出会った瞬間だった。


以後、何度も何度も、この音を流す。
千回はゆうに超えている。

美しく生きていくセンスなんて持ち合わせていないけれど、
自分に眠っている狂気を引き出して、昇華して、
その繰り返し。

学区を越えて、都会の私立高校に進路を定める。
東京に出ると決める。
アメリカで無謀な行動を取る。
凡人なのに、無理して非凡集団の企業で働く。
中国で自分の事業を創る。

失敗にまみれ、
振り返りたくないことにまみれ、
それでも、一つだけ、嬉しいことは、
情熱の炎が途絶えることはなかったこと。

この旋律に出会うことがなければ、
情熱を知ることはなかったと思う。

ショパンは、この楽曲を吐血しながら創ったらしい。
過労で下血したとき、このことを思い出し
諦めるものかと力が湧いた。

まだまだ気付きは多い。
マイナーコードとメジャーコードが複雑に絡み合うこのスタイルは、
これは陰と陽が絡み合うという東洋思想にも合致すると思ってみたり。
思索と感性が繋がってくる、
そういう片鱗が漸く自分に見えるようになってきたが、
それもこの曲のお陰かもしれない。


ともあれ、これからも、
枯れ果てそうなとき、情熱の炎が消える直前に、
この旋律に救われることになる。
今まで同じように。

きっと何度も何度も。
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# | 2006/03/11 15:04 | ポーランド | Comment (0) Trackback (0) |
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