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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 日本料理の本質とは
2006年01月27日 (金) 編集 |
外国に来て日本料理の店に、自発的に行くのは、実はポリシーに合わない。しかし、時折、ポリシーを曲げる。そんな程度のものだが。

中国湖南省長沙。中国人パートナーに特別な事情が出来て、一人で仕事を続けている。いろいろかなり疲労が蓄積し、禁断(また述べるが、破る程度の禁断だが)の日本料理店に来てしまった。

もとより、日本の味も文化も何もかも、全く期待していない。
何を期待したのか思い出せない。疲労がひどくて向かった。因果関係は説明できないが。

一人なのでカウンターに案内される。
板前の姿をした中国人と二人の空間。
話さないで済むわけは無い。

まだまだ問題だらけの私の中国語だが、さわりはそれらしく進む(できているのか不安だができているようだ)ので、いろいろ雑談をしていた。

四川省出身。
一生懸命、魚を裁く。冷凍の解凍だが。
海苔巻きも一生懸命作っている。
胡瓜や大根の”かつら剥き”もかなり上手い。
正直驚いた。

”日本料理の本質って何だろう?”
と問うてみた。
”新鮮、水、発酵、盛り付け”
との答え。彼の日々の仕事から学んだ私見だと言うが。

唸った。
彼は日本に来たことがない。師匠も中国人。

しかし、プロである。
本質は全くずれていない。
言われてみて、反芻して、また反芻して、はっとする。

板前の姿をした中国人、そういう見方が恥ずかしくなった。
板前、である。

日本人であることを告げた。
目を丸くして驚いて、とても喜んでくれた。

笑顔でそっと海苔巻きをくれた。
もっとも、レストランの管理者が目を光らせていて、
彼の気持ちは即座に課金されて、申し訳なさそうにしていたが。

日本人は話さないらしい。
話せないというのも一理。話さないというのも一理。

でも、こちらが扉の鍵を開いたお陰で、
岩波新書一冊分はゆうに超える気付きをもらった。


疲れはすっかり取れていた。





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# | 2006/01/27 03:15 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |
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