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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 天国の貴女へ
2005年10月10日 (月) 編集 |
20世紀は”日本の世紀”と言ってもいいかもしれない。
膨張と破滅を繰り返した激動の100年。

貴女の生きた軌跡は、息吹は、確かに私が責任を持って伝えます。
時代に翻弄されながらも、懸命に伝えてくれた心を。

3年前、94歳で祖母は人生の幕を閉じた。
凛としていた。


武田家重臣の末裔として500年近く続いた家。
名主の娘として婿を取った。
そして第2次大戦でその大切な伴侶を失った。
戦前より続けていた教職(小学校)を続け、子供3人を養った(末娘が私の母)。
戦後の改革で資産は雀の涙ほどになり、更に、追い討ちをかけるように、
大切にしていた教え子の連帯保証人となり、失踪した責任を取り全てのモノを失った。

けれども決して、貴女は諦めなかった。
コツコツと人生を積み上げていった。母として、なのだろうか。

なけなしの土地で付加価値の高い園芸用花卉を育てたりしていたらしい。
付加価値の高い、という辺りを考え副業していたところは、貴女の強さを感じる。

いかにして誇りを持って子供達を育てるか、そのための方法に精一杯注力したらしい。

貴女の末娘(私の母)は貧しかった記憶はないという。
テレビも一番に入った。
家はハイカラだった。

でも私は知っている。
大学時代、貴女とその友達と3人で一緒に温泉に行った時。
「ありがとう、いろいろお疲れ様だったね。」
と私が言ったら、気丈に見えた貴女が、
「八十何年生きていたけれど、その一言かけてもらったことなかった、ありがとう。寂しかった。」
と泣き崩れたこと。最愛の夫が帰ってくるまで涙を見せまいと思ってたと呟きながら。

ごめんね、思春期には貴女に酷いことを言ったこともあった。
あまりにも厳格だから、
「いくら品位があったって、持っているモノがなければ世の中ダメだろ、品位なんていらないんだ。」
などと没落への当てつけのように。


貴女はずっとずっと一貫して教えてくれていたことがあった。

「戦争が起こるのは、お互いの接点がない人間が憎悪の連鎖を作るから。まず接点を作り、相手を利することだよ。」
と。
最愛の夫を奪ったアメリカの進駐軍にも笑顔で駐屯所を提供、もてなした貴女。
「悪いのは戦争。」

その器の大きさ。
「日本男児らしく、侍らしく、澟としなさい。」
「大志を貫け。」

貴女の言葉がなければ、今の私はあり得ない。
澟として生きていきます。
以利通人、というのは貴女からもらったインスピレーション。


法事に行って驚いた。
先祖が立て、代々面倒をみてきた寺、筆頭の檀家としてきっちり再建したのだった。
貴女はあの世に行っているのに、またも驚かせてくれた。

ありがとう。
もう、ゆっくりして。
あれほど会いたがっていた、最愛の人に会えたのだから。

新しい100年は我々が創るから。安心して。
モノがなくても、心は残るのだから。
悪くないよ、新しい世代だって。

亡くなる18日前、一緒に乾杯したシャンパン。
同じように孫と味わえるように。
「人生はあっという間。」
心に刻む。

あなたの孫でよかった。
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# | 2005/10/10 23:47 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |
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