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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 中国朝鮮族から教わったこと③
2006年11月20日 (月) 編集 |
中国朝鮮族の出身、日本で出産、高校三年生の息子を持つ女性。

「お子様はいいですね、三ヶ国語できるのですか。」
「いいえ、家庭、学校、日本語だけで育てました。」

多文化、多言語を識る人に出会うと、
そうした環境を羨ましく思うことがある。

神奈川出身、父親の転勤により京都で育った私は、
標準語と関西弁を使い分けるが、
これがもし、外国であったらよかったのにと何度も考えていた。

前述の女性は教えてくれた。
自分の柱が決まらないうちにどれも中途半端に複数の言語を与えると、
影の部分だってあるのだと。

言葉は大人になっても学べる、
自分の混乱は深い深いところで克服するのに苦労するのだと。
自分の経験から子供は違う道を与えたと。
損させているかも分からないが、自分は正しいことをしたと信じているのだと。

確かに、少し共感した。
育ったところに家はなく、今いるところに根っこがない、
同じ日本の中の移動でも自分の柱が分からない。
暫くは分からない。
(最近、漸く自分なりに決め事をしてすっきりしているが)

物事の光ばかりを見ない、
そして影を恐れない。

逞しい子育ては、一本筋が通っていて、清々しい。
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# | 2006/11/20 22:43 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |
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