Top | RSS | Admin
Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

■ スポンサーサイト
--年--月--日 (--) 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
# | --/--/-- --:-- | スポンサー広告 | |

■ ぐりこ、ちよこれーと、ぱいなつぷる
2006年11月30日 (木) 編集 |
まだ十歳にも満たないころ、階段にて。

ジャンケンをして勝者は、
 グー  → ぐりこ(3字)
 チョキ → ちょこれーと(6字)
 パー  → ぱいなつぷる(6字)
と各文字の分だけ進みゴールを競う。

おそらくは私の育った関西だけではなく、
日本全国で行われてきた子供の遊び。


このゲームは奥が深い。

勝負の結果は、
 2人では → 9通り (3×3)
 3人では → 27通り(3×3×3)
 4人では → 81通り(3×3×3×3)
となる。

進み方は、
 3人以上では複数の勝者が進むこともできる
 ”あいこ”だと皆進めない
 パーとチョキは6段進めるが、グーは3段しか進めない
など、さらにルールがある。


子供は、直感でゲームの本質を見抜く。
直感で遊ぶ。


人間は直感で動いているとすると。
子供の遊び方を思い出すことで我々を司っている何かを垣間見ることもできるかもしれない。

例えば、
グー、チョキ、パー、それぞれ参加者に選択肢が3つあっても、
ほとんどのプレイヤーは、ランダムに自分の選択をする。
グーだけ3字で、著しく不利なのにそれを排除しない。
目先で前に進むことしか頭にない。

何人かは公平なはずの確率論がグーによって歪んでいる事実を直感する。
けれどもグーを回避し続ける者は稀である。
なぜなら仲間達が容易に同じ意識になることを知っていて、自分だけがグーを出さないことはルールには則っているのだが、ゲームの雰囲気が壊れることを分かっているから。
それでもグーしか出さないで勝負にこだわる者もいる。

ゲームが佳境を迎えると、急に駆け引きが許されるようになる。
グーで2回勝つことやチョキとパーで1回勝つこと、
複雑な状況をそれぞれのやり方でラストスパートする。

一方で駆け引きなど全く興味がなく、最後まで自分の出したいものを適当に出してゲームに負けても幸せな者もいる。


…。
これは人間の本質なのか、同じゲームをしても世界的に同じ結果なのか。
親しい仲間同士と、一回しか遊ばない者同士だと結果は違うのか。

この日本の遊びは日本のカイシャシステムとの類似性さえ感じる。
もう一度最初から読んでますますそう思った。


 文化 = 人間の本質 × 環境
だとすると、子供の直感的行動を観察することで何か気付きがあるかもしれない。奥が深い。





スポンサーサイト
# | 2006/11/30 16:26 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 中国朝鮮族から教わったこと③
2006年11月20日 (月) 編集 |
中国朝鮮族の出身、日本で出産、高校三年生の息子を持つ女性。

「お子様はいいですね、三ヶ国語できるのですか。」
「いいえ、家庭、学校、日本語だけで育てました。」

多文化、多言語を識る人に出会うと、
そうした環境を羨ましく思うことがある。

神奈川出身、父親の転勤により京都で育った私は、
標準語と関西弁を使い分けるが、
これがもし、外国であったらよかったのにと何度も考えていた。

前述の女性は教えてくれた。
自分の柱が決まらないうちにどれも中途半端に複数の言語を与えると、
影の部分だってあるのだと。

言葉は大人になっても学べる、
自分の混乱は深い深いところで克服するのに苦労するのだと。
自分の経験から子供は違う道を与えたと。
損させているかも分からないが、自分は正しいことをしたと信じているのだと。

確かに、少し共感した。
育ったところに家はなく、今いるところに根っこがない、
同じ日本の中の移動でも自分の柱が分からない。
暫くは分からない。
(最近、漸く自分なりに決め事をしてすっきりしているが)

物事の光ばかりを見ない、
そして影を恐れない。

逞しい子育ては、一本筋が通っていて、清々しい。
# | 2006/11/20 22:43 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 中国朝鮮族から教わったこと②
2006年11月19日 (日) 編集 |
中国と北朝鮮の国境にある朝鮮族自治区で生まれ育った三人に尋ねてみた。現在は日本で働く面々。早稲田大学にて。

日本、中国、朝鮮。
この三つの地域、文化的なリンクはどうなっているか。感覚的なことを教えて欲しい。

興味深い回答が。
中国と朝鮮は大陸で隣接しているが、
海を隔てた日本と朝鮮のほうが、遥かに文化的な相似を感じるらしい。

朝鮮半島にある習慣は日本にほとんどあると存在するという。
味噌汁、漬物…。食べ物も構成がほぼ同じだそう。
言語の構成もほぼ同じ、強調語句などの使い方はまさに同じらしい。

ただし、ほとんどは、日本=落ち着き、朝鮮=活発、というイメージで括り対比される、裏と表のような関連が見られると。

これは本人達が来日して、最も驚いた事実らしいが、
確かに、そこまでとは知らなかった。

だからどうだという意見があるわけではないが、
異文化コミュニケーションが空論にならない、リアリストのコミュニケーションのためには参考になる。
# | 2006/11/19 23:12 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ カミソリに負ける
2006年11月16日 (木) 編集 |
毎日髭を剃る。
ふとした加減でカミソリ負けした。

カミソリなんかに負けない、と嘯くが、
血が滴り、止まらない。

電車でティッシュを顔に当て、
瘡蓋ができるまで25分。

かつて、新日鉄の役員の方に聞いたことがある。
ジレット社のカミソリは、
試行錯誤した結果、世界最強のモノを発見し採用した、と。
日本の古来の製鉄技術を応用した製品だという。
世界最強の刃は日本に眠る。


人は鉄を識り、鉄を利し、鉄に傷つく。
それでも鉄を渇望する。

カミソリにくらい負けて済むなら、
負けておく。

科学・技術に負けておく必要があると思う。
できれば小さく負ければ理想的。
振り回されないように、いわば抗体を作る予防接種のような機能。


司馬遼太郎著 「砂鉄のみち」より
”安来(日立金属安来工場)で作られた鋼はYSS(ヤスキハガネ)とよばれて珍重されているが、とくに鋼材としての硬さとねばりを必要とする切削用の工具や電磁気材料または刃物鋼としてつかわれ、また原鋼の半分はアメリカのジレットに買われて、カミソリ刃になっている。1トンで百万枚の刃がとれるという。”

新装【ワイド版】 街道をゆく (7) 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみち ほか


# | 2006/11/16 10:36 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ ”臨機応変”と”例外”
2006年11月15日 (水) 編集 |
原則的に、いつも鞄には折り畳み傘を入れている。

今朝は何となくその傘を鞄から出しておいた。
モノが多くて、鞄が膨れてみっともない。
臨機応変に。

今夜は何と雨が降った。
気に入っていたスーツと靴がびしょ濡れに。

臨機応変と例外、
何て難しい共存関係。
# | 2006/11/15 22:15 | 日本 | Comment (2) Trackback (0) |

■ 古代ローマの真実に
2006年11月15日 (水) 編集 |
人間社会は不公平で、
それでも人間は公平だと決めごとをした。

人間社会は弱肉強食で、
それでも人間は他人をいたわる優しさを持ち合わせる。

天国と地獄が共存するこの世界で、
天国を見るか、地獄を見るか、
自分で決めること、
この裁量があるということは、
どれほど尊いか。


忘れそうになる。
この”有難さ”。

コロッセウムで殺し合い。
猛獣も恐れず、
剣闘も恐れず、
ただ人間の闇を懼れた剣奴スパルタカス。
そんな彼が人間の光を畏れ、
息絶える姿を忘れてはならない。


映画”スパルタカス”
20061115220345.jpg

# | 2006/11/15 22:10 | イタリア | Comment (0) Trackback (0) |

■ 中国朝鮮族から教わったこと①
2006年11月14日 (火) 編集 |
講師を務めた早稲田大学での在日中国人社会人講座。
10人に満たない少人数で4日間30時間以上の猛烈な双方向の場。

時が過ぎる中で、驚くべき事実を知る。
3人の受講生、それぞれ20代、30代、40代。
同じ高校の出身だという。
中国に生まれ、日本で働く。

広大な大地、膨大な人口の中から、
海を隔てた島国、狭い教室に同じ高校の出身者3人が集うということ、
いかに驚くことであるか。

しかし、この地図から閃かないだろうか。



出所:hk.geocities.com

そう、中国と北朝鮮の国境、朝鮮族が多い地域である。
3人の出身は、ここであった。

<延吉市>
延吉 (えんきつ、ピンイン:Yánjíイエンチー、朝鮮語:연길ヨンギル)市(-し) は中国東北地方吉林省延辺朝鮮族自治州の県級市。自治州政府所在地。面積1350平方キロ、人口約40万人(朝鮮族58.4%、漢族39・4%)。郵便番号は133000。
朝鮮族が過半を占め、韓国の合弁企業も多いので、町はハングルの看板が溢れ、朝鮮語放送のテレビ局もある。
出所:wikipedia

中国東北部は満州国があった歴史的背景から、ひと世代前は流暢な日本語を話す人々が多かったらしい。
40代の受講生の方からは高校の教師が日本語で話しかけることもあったと教えていただいた。

しかし、かつて大半を占めた外国語科目としての日本語受講生、
現在、同じ高校を訪問すると、ほとんどは英語学習者、日本語と英語の学習者が逆転していた。
日9:英1だったのが英9:日1といった具合に。
(注:韓国語は学ばなくてもできるらしい、高校での学習者についてのヒアリングはできず)

理由は3つ。
1.日本のプレゼンスが下がったと生徒が感じていること
2.日本に対するレスペクトが(以前は少しはあったが)なくなっていること
3.一流大学への入学試験には英語が圧倒的に優位な科目となったこと

であるらしい。
1と2は由々しき問題であるがこのテーマは他に譲る。
問題は、3つめ。
せめて、大学入試の外国語としての地位くらい、日本人は把握しておいて欲しいものである。特に外交関係、渉外関係の方々。

大学入試のために、でも良いので日本語を選択する高校生が盛り返すための働きかけは、
おそらく皆無、もしくは奏功していない。
# | 2006/11/14 23:24 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 踊り場を向かえる日本の対中投資
2006年11月09日 (木) 編集 |
早稲田大学アジア太平洋センターにて。
在日中国人社会人向けの研修プログラムを企画運営協力、講師を務めることに。
異文化コミュニケーション、ビジネスマナー、ビジネス基本スキルの各項目を担当する。

驚きの第一歩、
受講者の方々が非常に優秀であること。

志、使命感、モチベーションの高さ。
能力の高さ。

それでいて謙虚な面々。

年功序列の我らの管理職、
人間力を磨かぬまま彼らを管理することがあったとしても、
彼らはきっと笑顔で成果を出す。
しかし適度な緊張感と向上心がなければ、
異国の地で覚悟を決めている仲間に礼を失するのだと気付いて欲しい。

さて、最近日本の対中投資が踊り場を迎えたとの情報が日経に掲載されていた。

雑談で彼らと議論をした。
・ここ十年ほどの投資に対する効果が見え始め成熟期を迎えている
・労働力コストの上昇などでコスト削減のメリットが失われている
・現地進出で利益を出せない企業が撤退している
・対中一極集中の投資に対するリスクを認識し始めている

確かに、そうかもしれない。
更に、

・日本企業はブームの渦中では熱狂的だが、次の発想を用意していない

という回答が。

痛烈ではある。
しかし本質論である。

こうした切り口で問題提起と解決策を本気で考えること、
それが生きる道。

# | 2006/11/09 23:05 | 中国 | Comment (2) Trackback (0) |
| Top |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。