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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 誕生
2006年03月31日 (金) 編集 |
第一印象を、
信じすぎないようにしている。


もう十一年前、
地下鉄の同時多発テロ、
上京して間もなく、
決して他人事ではなかった。

テレビには多くの評論家、
中に、紅一点、
とても強い調子で、
主張を続ける女性、
江川紹子氏。

何だか、
他人事でなかった事件も、
毎日、画面で、
彼女のピリピリした表情だけは、
他人事にしたかった。


ある日、出かける前に、
靴下を履きながら、
ついていたラジオ、
彼女が出演していた。

実は、話はあまり聞いていなかった。
もう出掛けようと、
部屋を出ようとしたとき、
DJに彼女が告げたリクエスト。


”一人でも私は生きられるけど
 でも誰かとならば
 人生は遥かに違う
 強気で強気で生きてる人ほど
 些細な切なさで躓くものよ
   ・
   ・
 Remember 生まれたとき
 誰でも言われたはず
 耳を澄まして思い出して
 最初に聞いた Welcome
   ・
   ・
 Remember けれどもしも
 思い出せないなら
 私いつでもあなたに言う
 生まれてくれて Welcome”


中島みゆきの”誕生”。
彼女を見る目が、
全く変わった。
こんな人がいたら、
人生は遥かに違う。

どうして、彼女は闘ったのか。
じっと耳を傾けるようになった。


生まれてから、
一年、また一年。
必ず自分が、
どこかで存在を続けること。

一人一人に、
こうしたタグがついているのかと思うと、
悪くない気持ちになれる。
人が好きになる。


大吟醸
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# | 2006/03/31 02:08 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 時間軸と歩む
2006年03月31日 (金) 編集 |
過去、 現在、 未来


自省、 認知、 将来
経験、 現実、 志念
記憶、 感覚、 希望
思い出、感動、 約束
葛藤、 決断、 成果
栄光、 行動、 目標
恋愛、 信頼、 融合
大地、 海原、 天空
# | 2006/03/31 01:30 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 日本土佐藩化論
2006年03月25日 (土) 編集 |
燗にした土佐鶴。
皮を焦がした初鰹、にんにくを挟みながら味わう。

忘れられない風景がある。

高知県、桂浜。
(写真)



もうダメだ、と思った、
気付いたら、羽田を立っていた。

潮音に埋もれて、まどろむ。
この辺境、視界は定まらない。
思考も定まらない。

坂本龍馬に会いに来たことを思い出し、
浜の石段を駆ける。
(写真)



当時の巨頭、薩摩藩と長州藩を、利を以って通じた土佐藩。
日本のこれから志向するのは、
この土佐藩のような役割だと、
痺れるような直感。

不思議なことに、
大論点が解決して、自然と小論点が解決したような、
遠く大きなことを考えると、近くの小さな悩みも何もすっと失せる。

龍馬は、
様々な勢力に支えられ、
振り回されていたのかもしれないが、
利を以って、人を通じ、国を通じたことは、
志という筋が一本、ぶれずに通っていたことに、
他ならない。

21世紀の、土佐藩になり、
21世紀の薩摩藩と長州藩を通じて、
新しい未来を創る。

日本にしか出来ない役割が、
ここにある。

四万十川の如く、
清らかな流れを創る。
(写真)
20060318020948.jpg

# | 2006/03/25 23:29 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 日本の金融業
2006年03月25日 (土) 編集 |
金曜の夜だというのに、
家に帰ってしまった。

独身男の真夜中、
ナパバレーのピノ、
まるでビールを干すように、
注ぎ、注ぎ、注ぎ続ける。

ボトルを何度も転がし、
覚えられもしないラベルを眺める。

こうした気分の時、
決まって思い出す、
ネガティブな気持ちは、
日本の金融業の、
世界のプレゼンスの低下を憂うこと。

なぜ、かつて世界のトップを占めていた、
日本の金融業界、
散々な、プレイヤー入れ替わりが、
ここ10年で起こったのだろう。

本当に長銀は10億円の価値しかなかったのだろうか。
プラザ合意は一体何だったのだろうか。
製造業の健闘(本当はコストカットに成功しすぎたあまり、製造工場の海外移転のあまり、競争力は落ちたのではとも思うが)に比して、
金融業の没落は何だったのだろうか。

社会人1年目、
米系投資銀行での年収は、
東工大を出て、30年近い勤続年数を持つ、
大手メーカー勤務の父親の年収を、
超えていたような気もする。

誰よりも働いている自信はあった。
研修さえなく、全てが現場主義、
初日から、自分のPL(損益計算バランス)を、
明確に意識して働いていたのだから。

しかし、
欧米マネジメントの、緻密さというか、
戦略性の深さに、
度肝を抜かれた。

彼ら、
社会を動かす、
コアの部分が何か、明確に意識していて、
変数の支配権は、
確実に握っている。

国籍で企業活動の傾向を断じるのは、
好きではない。

でも、
ルールを作れなくて、
必要以上の、苦労を強いた、
日本の金融業が、
悲しくなった。

若輩だから、
見る目が曇っているかもしれない。
青いからだ、とバカにされるかもしれない。

しかし、
30年経った後、
40年前は、日本の金融業は、
世界一だったのだ、
と、孫に、

懐古に塗れて語るのか、
希望に基づいた事実を淡々と語れるのか、
どちらだろうか。


少なくとも、
日系金融機関、プレイヤーではあって欲しい。
民族主義とか、そういう次元の話では決して無い。


謙虚に、欧米の戦略性を学びたい。
ひょっとすると新世代の隣国にもそのヒントは垣間見ることができる。
我々にはそれがすっぽり抜け落ちている。
まだまだ足りない証拠、
それは、
少しばかり景気が良くなると、
戦略性の議論が、
ぱたりのなくなるところにある。

もし、こうしたところに、意図的に目をつぶっているのだとすれば始末に終えない。


繰り返すが、プレイヤーであって欲しい。
金融業。


仲間に入れない?
それは、余りにも、虚しい。

利を交換できるような、
信頼できる関係は、築けてきたのか。
これからはどうなのか。

ひとつくらい、
こうした次元の記事が、
新聞にあってもいいような気もする。

逆説的に、我々の強みへのヒントを探ると、
金銭的インセンティブ以外のモチベーションを、
金融業に投下できること。

うーん、
定量化を求められる業界に、
これは厳しいか、
でも、
全ての活動の、
大きなヒントになる。

30年後にこのメモを見て、どう思うか。

そんな青臭い話、
解決されているいるじゃないか、

読んでくれているあなたと、
話していたら、
悪くない。

金曜の夜に、
ナパバレーのピノを飲みながら。
# | 2006/03/25 02:18 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 日本代表、松坂投手のライバル
2006年03月25日 (土) 編集 |
日テレ、上重アナは、松坂投手と投げ合っていた。
甲子園で。

上重アナは、
スポーツアナウンサーとして、
プロフェッショナリズムに徹している。

自分の可能性を見つめて、
自分しかできない道を拓いて。

WBCでは、
やっぱり輝く。

# | 2006/03/25 01:26 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ プラハの春
2006年03月24日 (金) 編集 |
時に仕事は終わらない、
見慣れた部屋に帰って、
PCを起動。

ひたすら書類を作りこむ。
丑の刻、おそらくは誰もが眠りについている時間。

突然、PCが叫び出す。

国際電話が多くなり、SKYPEというソフトを入れて半年。
いわゆる、ネット電話、PCが端末となる。
もちろん、決まった相手との会話、
それは、本来、電話とはそういう用途のためにあるわけで。

しかし、見慣れぬ文字を表示しながら、
着信音は繰り返される。

仕方がない、
通話のアイコンをクリックする。

驚いたのは、
プラハ、チェコの首都からの電話だということ。

何でも、高校のPC室から3人の仲間で、
このソフトを使って、
東洋に電話をしてみよう、
と思い立ったらしい。

中欧訛りの英語。
しかも本当に習い始めたばかりなのだろう。
語彙がなく、発音が間違っている。
訛りは、いい。
けれども、単語が違うのは、
会話を成立させるのに苦労する。

だんだん感覚を掴んできて(間違いの単語を私が想像して埋め合わせて)、
言葉のキャッチボールができてきた。

”TOKIO(東京のこと)では英語が通じるのか”
とか他愛のないことを聞いてくる。

ところで、チェコと言えば、
日本人は何を思い浮かべるだろうか。
まあ、世界史オタクとかであれば、
ズデーデン地方、とかマニアなことを思うだろうけれど、
おそらく、
”交響詩『わが祖国』より"モルダウ"”
という、スメタナの作曲した音楽、
これならば、皆、小中学校の頃に、音楽室でレコードをかけて鑑賞し、
鑑賞の感想を書かされた、
最大公約数的な”チェコ”ではないだろうか。

”モルダウは日本人は皆知っている”
と、チェコの高校生に話しかけてみた。

会話が止まった。

しまった、と悔いた。

”モルダウは隣の国の呼び名だよ”
とブロークンな英語が帰ってきた。

そう、その通り。
モルダウはドイツ語、
本来はブルダバという、
これがチェコ語の正しい言い方。

チェコという国は、
命を懸けて、
自由を渇望した歴史がある。

モルダウは、19世紀、
オーストリアの支配下の民族運動、
民族運動なのに、自国語の言葉でないタイトル。

スメタナは、耳が聞こえない状態で、
この曲を仕上げ、
自らは一度も旋律を聴くことがなかった。
彼の心の音色が、グルグルと旋回していたのかと思うと、
午後の退屈な授業、無理に感動を拾おうとしていた、
音楽室に、グルグルと旋回していたレコードから得たものとは、
全く違う強さと哀しさが響いてくる。

20世紀、
今度は、ゲルマン民族だけではなく、
スラブ民族の影響下になる。

つまり、ソ連の庇護のもと、
厳格な独裁政権が続く。

プラハの春、
って何?
きっと、30代以下ならほとんどが知らない、
しかし、このプラハの春、
同名の小説、
一人でも多くの人が、手にとることを望んでいる。

春に向けて、春を迎えることに、
命を懸ける。

国家が安定している時代に身を置くと、
その幸せは、
意識的に確認しないと、
確実に麻痺をする。

不満もたくさんあるけれど、
この日本への信頼は、
本当に、得がたいもの。

異国に電話をしてくる、
チェコの青年達。

あなたの国は、立派だと、
突然伝えたくなった。

彼らは言った。
”ブルダバはとても美しい、みんな大好きなんだ”

大した内容もない30分だった。
結局仕事は終わらなかった。

PCを消して、
冷蔵庫にあったチェコのビールを飲んで(本当に珍しい、たまたま買っていた)、
スメタナを聴いた。

こんな日もあるものだ。


<写真:ブルダバ>
coachdriver.info.jpg



20060105233132.jpg



puraha.jpg

プラハの春


わが祖国*交響詩
# | 2006/03/24 19:58 | チェコ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 気持ちの捏造
2006年03月23日 (木) 編集 |
備忘録。

”人間というものは相手のことを理解しているようで、実はまったく理解していない場合が多い。自分勝手に相手の気持ちを捏造しているのが普通なんです。理解するためには、長い時間が必要なんだと思います”
(辻 仁成 愛のあとにくるもの)


愛のあとにくるもの
辻 仁成(著)
辻



愛のあとにくるもの
孔 枝泳 (著), きむ ふな (翻訳)
孔
# | 2006/03/23 00:26 | 韓国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ もの見るときに
2006年03月22日 (水) 編集 |
目を開くためには、
目を閉じないといけない。

# | 2006/03/22 19:39 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 小池大臣の定義するセクシー
2006年03月20日 (月) 編集 |
一年ほど前になるが、
表参道、夜が更けた頃、
気心の知れた仲間数人で、
小池百合子環境大臣と会食をした。

人知れず、のはずだが、
彼女の到着で、店は華やぐ。

クール・ビズを仕掛けるために、
三木谷社長を口説いているとか、
今思えば、
凄く先端にあった会話だった。


彼女は、吸い込まれそうな、
魅力的な方だったが、
その何ヶ月か前に亡くなった、
PLOのアラファト議長のことを語りだすと、
強いけれど、柔らかい、
不思議な空間を醸成した。
感じたことの無い感覚だった。

彼女が出会った男性で、
一番セクシーなのが、彼。

カイロ大学の先輩。
信念と志があって、
何度も何度も蘇る不死鳥。
1993年にはイスラエルとの歴史的な和平協定調印、
1994年にノーベル平和賞受賞。

その後、和平プロセスの停滞、
反対派の妨害、
苦しんだけれども、
決して諦めなかった。

その最期は2004年、
パリだった。

どうして、セーヌ川のほとりで死んじゃったのよ、
どうして。

彼女が彼を語るとき、
まるで彼が同席しているような、
そんな時間が過ぎていった。


翌日、京都議定書発行式、
流暢な英語で国際会議を進める姿を拝見して、
あれは夢だったのかと思った。

”あきぴろくんへ”と、書いて下さい、
大臣になんてことを頼んだのだろう、
しかし、サインはきちんと手元にある。

見るたびに、
セクシーって何か、
思いを巡らす。
# | 2006/03/20 01:10 | エジプト | Comment (0) Trackback (0) |

■ 才能と無能
2006年03月19日 (日) 編集 |
プロとして、
才能を活かす努力をしないのは、失格。

しかし、
”才能も活かしきれなければ無能と同じ”(黒い太陽、新堂冬樹著)
と簡単に部下に発するマネジメントは、
プロではない。

才能を活かすのが、マネジメントの責任。

# | 2006/03/19 11:28 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 愛国無国境主義再び
2006年03月18日 (土) 編集 |
心の綺麗な友人が親友。

ワシントンDC出身、
日本の主要な投資情報を翻訳する(彼はビジネス翻訳、文学翻訳共に、何度もコンクールで実績を挙げている)、
外資系投資銀行、日系大手証券会社を顧客にし、
この男がいなくなれば、
対日投資はおそらく膨大に細る。
大げさでなく。

かつて私の企業調査報告を、
アートのような英文に綴り、
諸国に発信してくれたのも彼。

高い身長、長い足、青い目、ブロンドの髪、
しかし、性格は極めて日本的。
この日本的、というのは何か。

この親友と話すと、何か鏡を見せられているような気分になる。
何千年、何万年前に血を分けたのに、
というよりか、だからこそ、
普段さして気にしないアイデンティティのようなものを、
意識させられることがある。

彼が話した言葉で大切にしたいことがある。
”外国人とコミュニケーションを取る日本人の多くに、日本を好きなのか分からない人がたくさんいるようだ。しかし、あなたは違う、日本の良さを愛していて、それを大事にしながら外国のそれも認めようとする。”

それは、確かにいくつか不満はあるけれど、
根本的にこの国への感謝を忘れたことはない。
この国を信じる。

互いに自国を信じる、
国籍の違う親友は、
温かい心で繋がっている。

信頼感があるから、
不思議と感性が合うし、
会話が共振する。

共振。

やっぱり血が繋がっていると思う。

# | 2006/03/18 01:45 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 人生のサイレントパートナー
2006年03月18日 (土) 編集 |
生まれて初めて確定申告に行く。

家族的中小企業の”お母さん”の多いこと、多いこと。
一方、サラリーマンでは全く気にしなかった、税金。

こうして棚卸ししてみると、
国家や自治体、あらゆる納税先は、
人生のサイレントパートナーだと気がつく。

しかし、サラリーマンだと、
この意識はなかなか生まれないのでは。


全国の各議員が、
中小企業に多くの支持基盤を見出すのが、
漸く分った。

多くのサラリーマンよりも、
パートナーの絆の意識が強いから。

けれでも、それは、
何かが違うぞ。





# | 2006/03/18 01:11 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 格差社会というときに
2006年03月18日 (土) 編集 |
近頃、格差社会とよく耳にする。

給与格差の話がそのほとんどだが、
企業でいうと、
PL(損益計算書)ばかりを見て、BS(貸借対照表)は、
ほとんど見ていない議論に思える。

給与の差がある、かもしれないけれども、
生まれ持った資産の差、だってある(受け継ぐ資産が無い人間は給与の差でしか差を埋める機会がない)。

給与所得を高くして、死ぬ気になって過酷な環境で働いても、
一生かけても、怠け者と同じ生活水準ということだってあり得る。


一方、知らない間に資産への課税が増えて、
生活の糧が無くなっている事態だってあり得る。



格差社会の報道、BSに盲目なのは、
意図的なのかどうなのか。
皆気付いているだろうか。
# | 2006/03/18 00:59 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 走馬灯
2006年03月14日 (火) 編集 |
エビータはフアン・ペロンと出会ったから、
フアン・ペロンはエビータと出会ったから、

33歳で癌で他界したエビータも、
政権をクーデターで追い落とされたフアン・ペロンも、

その灯火が消えるとき、
安らいで、
走馬灯を眺めていたのでは。








エビータ

■ 木蓮
2006年03月13日 (月) 編集 |
海を越えた大陸も、
春の訪れを告げているもよう。

赤い木蓮が咲いたと、
メールが届く。

こういう四季を愛でる感性、
通じ合えると、
気持ちが華やぐ。

喧々諤々の国際関係、
閑話休題、
いかがでしょう。




# | 2006/03/13 01:14 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 狂気の高め方、昇華まで
2006年03月11日 (土) 編集 |
十二歳。

分別がつくかつかないか、ついているのに、
確信犯的に、血の気が多い行動を取る。

そういう地域で、
毎日がそういう世界に片足を入れているのだけれど、
成績も良く、
友人にも恵まれ、
教師にも大事にされ、
家庭も落ち着いていて。

血が滾るような、
触れれば壊れるような、暴発。
共感するのは、フリ、だった。

学校を休まざるを得ないほど、
怪我をした友人もいた記憶がある。
昼下がり、とぼとぼと見舞いに行った。
お婆さんが出てきて、
「はい、レモンチーな」
と、レモンティーを出してくれたのを思い出した。

やっぱり身近ではあったけれど、
自分の世界とは、融合しなかった。
一緒に遊ぶけれども、どこか自分には狂気が足りないと感じ、
また、それを何とも思わなかった。


そんなある日、
初めて、心の底から、自分の狂気を感じることがあった。

たまたま、手に入れた、音楽、
中村紘子氏が演奏する、ショパンの”バラード第1番 ト短調(Chopin:Ballade No.1 in G Minor)”。
初めて、心の底から、美しいと思ったクラシックの曲でもあった。

”刹那さと切なさ”、
最初に、こういう語彙が自分に湧いてきたのを覚えている。
よく当時の自分に”刹那”という語彙があったと振り返ると驚愕する。

激しい狂気が、行ったり来たり、
流れるような、堰き止められるような。

狂気が高められていくうちに、春の温かい日差しに、地平線まで続くコスモス畑が続くような。
切ないのに心地良い、華やいでいる。
強さがある。雄大である。


自分の人生を美しく創りあげたいと、
最初に思った瞬間が、
十二歳、この楽曲に出会った瞬間だった。


以後、何度も何度も、この音を流す。
千回はゆうに超えている。

美しく生きていくセンスなんて持ち合わせていないけれど、
自分に眠っている狂気を引き出して、昇華して、
その繰り返し。

学区を越えて、都会の私立高校に進路を定める。
東京に出ると決める。
アメリカで無謀な行動を取る。
凡人なのに、無理して非凡集団の企業で働く。
中国で自分の事業を創る。

失敗にまみれ、
振り返りたくないことにまみれ、
それでも、一つだけ、嬉しいことは、
情熱の炎が途絶えることはなかったこと。

この旋律に出会うことがなければ、
情熱を知ることはなかったと思う。

ショパンは、この楽曲を吐血しながら創ったらしい。
過労で下血したとき、このことを思い出し
諦めるものかと力が湧いた。

まだまだ気付きは多い。
マイナーコードとメジャーコードが複雑に絡み合うこのスタイルは、
これは陰と陽が絡み合うという東洋思想にも合致すると思ってみたり。
思索と感性が繋がってくる、
そういう片鱗が漸く自分に見えるようになってきたが、
それもこの曲のお陰かもしれない。


ともあれ、これからも、
枯れ果てそうなとき、情熱の炎が消える直前に、
この旋律に救われることになる。
今まで同じように。

きっと何度も何度も。
# | 2006/03/11 15:04 | ポーランド | Comment (0) Trackback (0) |

■ 最後の晩餐まで
2006年03月10日 (金) 編集 |
何年か前。
土曜日の夕暮れ、トマトを手にしていた。
縦にしようか、横にしようか、少しだけ迷いながら、結局いつも通り包丁を縦に入れる。

「ねえ、これから死ぬまで、何回夕食を食べるか考えたことある?」
彼女は尋ねた。
月曜日から木曜日までは、仕事の合間を縫って一人で”栄養を詰め込む”。
金曜日は止め処も無く酒と戯れる。
土曜日と日曜日に関しては、”仕事をしなければ”漸く、きちんとした夕食を取る。

「ああ。」
適当な返事しかしなかった。

女性の発する言葉は時として、男性のそれでは決して見つからない、
思いつきのようでいて本質的な、えぐるような強さを持っていることがある。

薄々気付いていても、触れないで素通りするような卑怯なところ、
そう、なんて卑怯なんだろう。


こういう些細な映像が、ふと、蘇ることがある。
計算を始めた。

80歳まで生きるとすると、残っている回数は大体、
30歳なら、1.8万回。
40歳なら、1.4万回。
50歳なら、1万回。
60歳なら、7,300回。
70歳なら、3,600回。

あと何ヶ月か、考えてみる。
30歳なら、608月。
40歳なら、487月。
50歳なら、365月。
60歳なら、243月。
70歳なら、122月。


ただただ、食物を貪る、栄養を採る、
そうした意味を遥かに超えた、夕食。

最後の晩餐は、あっという間なんだと、
分かったような口を聞かれたが、
至極本質的で、逃げられない事実だった。


一人になると分かる。
一人にならないと分からない。
# | 2006/03/10 01:20 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ ドブネズミみたいに
2006年03月08日 (水) 編集 |
美しくなりたい。

リンダリンダという不思議な地声は、
国籍も、性別も、世代も超えるらしい。


<1>
リンダリンダリンダという映画、
韓国人留学生、ソンちゃんの涙。

<2>
日本が世界に誇る、超トップクラスのシニア研究者(皆東大博士以上)の方々、
国際会議の講演の一コマをいただいて、ご一緒させていただき、
打ち上げのカラオケ。

”血が騒ぐのにしなさいな”
と言われ、ドブネズミ、、、と進めたら、
皆さん、血が騒いで仕方がなかったらしい。

<3>
上海のクラブ、
”こんな日本の歌があるなんて。。。”


甲本ヒロト氏は、近所に住んでいるらしい。
たまに寄り道するBARに来るらしい。
会いたくて、会いたくて、
何度か通うが、
まだ見たことはない。

でも、少年時代から、
何度も、何度も、
ドブネズミに憧れて。
もう20年。

会えなくたって、
誰よりも気持ちが通じている気持ちに、
勝手になっている。




(映画:リンダリンダリンダ)




SUPER BEST
# | 2006/03/08 22:01 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ バベルの塔以前に
2006年03月08日 (水) 編集 |
備忘録のつもりで始めたブログだが、
時折、読者から反応がある。

少なくとも、数カ国、外国から読者があるようで、
しかし、先日、全く日本語が読めない読者から、
その国の言語でメールをいただいた。

翻訳ソフトと、日本語がある程度理解できる友人と、
傍らに見てくれているらしい。

テクノロジーの進化で、
国境の距離が縮まる。

90年代から、多くの多くの論評は、
読んではいたけれど、
こうして、自分に関係する出来事があると、
人間は、バベルの塔以前の、
自在なコミュニケーションを、
そう遠くない将来に手に入れると、
直感できる。

そうすれば、
本気で憎み合うこともあるだろうけれど、
本気で愛を交わすこともあるだろう。

けれども、ひとつ自分なりの仮説がある。
愛憎の割合は、
憎>愛 から 愛>憎
に変化する。

という仮説。


これは当たると思う。


# | 2006/03/08 16:07 | 日本 | Comment (0) Trackback (1) |

■ Yale Club
2006年03月07日 (火) 編集 |
この写真、このデザイン。



読売ジャイアンツではない。

New York、
Grand Central Stationの裏にある、
Yale Club。

イェール大学卒業生のための館。
外資系投資銀行、社会人1年目、何が何だかわからないまま、
ヘッジファンドの顧客を担当していた。
そのCEOはイェール大学の卒業生だった。

業界を離れてみて分かること。

一般的な日本人にとって、
一生関係のない世界に足を踏み入れたこと。

ドレスコードがあり、
きちんと身分を明かさないと入れない、
中では、信頼できるスタッフしかおらず、
秘密の商談もできる。

ジワジワと感じてきたモヤモヤとした気持ち。

日本では、
仲間と共に、
志を持って、大きなゴールを目指す場が、
ひょっとして、存在しないのか。

学歴無用論とは別の次元で、
卒業した後も、切磋琢磨する仲間意識を持って、
プロフェッショナリズムの激流を切り拓く、
そういう自然な互助機能を、
とても清々しく感じたのを思い出した。

”偏差値競争に勝ったのだから、特別で当然だろう”
というのとは、断じて違う。
最高学府という社会資本に身を置いたという、
世の中への感謝と、高い志念を保ち続けるモチベーション。

少なくとも、
”世の中のモノは全てカネで買える”
と、表で、堂々とのたまうアメリカ人は、
見たことがない。

そんなことを言うと、
軽蔑されて、
仲間に会えなくなってしまう。

疲れたとき、
ここに来ると、
インスピレーションをもらうんだ、
と、彼は言った。

そのヘッジファンドが、
今どうなっているかは知らない。

あっという間に、
砂塵の如く、
消えてなくなる、
泡沫の世界。

しかし、あの場所がある限り、
彼は何度でも、
諦めることなく、
活躍するだろう。

仲間達と、
この日本にも、
Yale Clubのような場を創ろうと、
ふと、思いついた。

ボロくてもいい。




写真:Yale Club
# | 2006/03/07 23:35 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 冬が一番と思えるとき
2006年03月07日 (火) 編集 |
寒さは苦手、
全ての季節が夏でも差し支えない。

けれども、柳の芽が出ているのを見つけた、
という便りをもらったりすると、
そういう季節感が分かる友人が、
妙に誇らしく思えたりする。


丹波の山間で、
毎朝裸足でランニングをし、
霜焼けが痒くて仕方が無い日々、

雪ダルマの楽しみも数えるほどしかなく、
冬が魅力的だなんて、
いつも忘れてしまっていた幼少期。


大人になり、
柳の便りのように、
春を迎える兆しを教える冬も、
少し好きになれるが、

何より、
冬そのものに憑かれるような、
そういう心への刺さり方を忘れない。


アメリカで華僑の富豪の、
留守中の胡蝶蘭の世話をしたとき、
御礼にいただいたバロックコンサートの招待券。

ヴィバルディの”四季”。

有名な協奏曲で、初等教育の教科書に載り、
”春”の楽章は何度も聴かされてきた。

けれども、何も知らない、
”冬”の楽章は初めて真剣に耳を傾けることに。

以後ずっと、
冬に憑かれるようになる。


光溢れる長調で展開するよりも、
険しさ、狂気さえ感じる短調で、
強くリフレインが蘇る、
そのほうが、
勇気が湧いてくる。


Violin Concerton in F minor, Op.8 No.4 L'Inverno (Winter)
# | 2006/03/07 01:05 | イタリア | Comment (0) Trackback (0) |

■ 数学を美しいと思えるまで
2006年03月06日 (月) 編集 |
映画”博士の愛した数式”。

-------------------------------------------------------------
πi +1=0


<オイラーの公式>
円周率(π)に
自然対数の底であるネピア数(e)と虚数(i)を乗じ、1を加えると、0になる。

全く異なる出所のπとeの2つの定数、iという虚数が結びつくと、
1と0で等号が成り立ってしまう。

-------------------------------------------------------------

確かに、美しい。

この映画に感謝したいこと、父の感性が漸く理解できたこと。


私は小学校、中学校とずっと数字が好きで、理科系の科目が楽しくて仕方がなかった。
ところが、高校は進学校に入学、途端に劣等生になってしまった。
数学が全く楽しくないのである。

文系科目に楽しさを見出し、文科系に進路を定めて進んできたが、
15歳の春から、
ずっと、父親に突き放されたような気持ちが続いていた。

東工大で物理を専攻していた、スーパー理系の父親には、大学進学時には、
”理系には行かない”
と宣言し、
メーカの技術畑でがんばってきた父親に、就職時も、
”メーカーは行かない”
と突き放し。
(どうやら突き放されていたのではなくこちらが突き放していたのかもしれない)

まるで、生き方を否定したように聞こえたかもしれない。
本意ではなかったが。

数学の美しさを今日、震えるほどに感じ、
漸く、父親とも、感性を分かち合えるようになれそうだ。

本当にこの映画に感謝している。

# | 2006/03/06 00:00 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 感覚ありき、理屈はあとで
2006年03月05日 (日) 編集 |
あぐらをかいてみる。
両足、足の裏を、それぞれつついてみる。

足はクロスされているので、
右足は左に、
左足は右に、
位置している。

不思議なのは、
左にある右の足の裏は、まるで左足のように、
右にある左の足の裏は、まるで右足のように、
刺激を受容する。



# | 2006/03/05 23:21 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 飲ま飲まイェイ、と言うけれど
2006年03月02日 (木) 編集 |
飲ま飲まイェイ、と言うけれど。
マイアヒ!の彼らは、懸命に国を守ってきた。

モルドバは、旧ソ連の西端に隣接する小国で、400万人強の人間が住んでいる。
人口の6割はルーマニア系で、ルーマニアと同じ言葉を話す。
しかし、旧ソ連時代にはルーマニア語とは全く異なる言語であるとの宣伝が行われ、文字もラテン文字ではなく、キリル文字を使用していた、
とのこと(ルーマニアは同じ言語でラテン文字)。※

90年、国を流れるドニエストル川岸に入植していたロシア語系住民がモルドバの民族主義的政策に反発して「沿ドニエストル共和国」の独立を宣言。91年には武力紛争に発展し、駐留ロシア軍も介入、多数の犠牲者を出した。※
問題はまだ解決していない。

日本に30人にも満たないモルドバ人。
そのうちの一人から教えてもらう。
ルーマニアのブカレスト大学を優等で卒業した才女、英語も堪能だった。
もともとは、のどかな農業国が、波乱に満ちた歴史に振り回される、それをリアルタイムに覚えている。

飲ま飲まイェイ、の時に、
少しくらい、日本に知って欲しかった、自国のことを、と。







 
画像、史実の詳細点※について、出所:外務省
# | 2006/03/02 02:16 | モルドバ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 幸せにしてやれ
2006年03月01日 (水) 編集 |
感性も、
理性も、
誰にも負けない、洗練されている、
一人の友達(女)。

彼女が、
いつになく輝き、
でも、
いつになく不安で、
ワインを飲み干す。


温かさ、
聡明さ、
誰にも負けない、不器用な、
一人の友達(男)。


彼女が愛情を込めて埋めてきたジグソーパズル。
最後の一つ、埋めるのはお前。

幸せにしてやれ。

彼女の話を聞いていて、
この歌が頭から離れなかった。


You were my strength when I was weak
You were my voice when I couldn't speak
You were my eyes when I couldn't see
You saw the best there was in me
Lifted me up when I couldn't reach
You gave me faith 'coz you believed
I'm everything I am
Because you loved me

出所:Because You Loved Me (Celine Dion)



# | 2006/03/01 01:18 | カナダ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 起き上がれ
2006年03月01日 (水) 編集 |
打たれ弱くてもいい、
倒れて、ぐったりしていてもいい、
でも、暫くしたら、
起き上がれ。


(深夜に帰宅してつけたTV、矢沢永吉氏の言葉)
# | 2006/03/01 00:59 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |
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