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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ 人生を変えると思われる出会い
2006年02月28日 (火) 編集 |
夕日が落ちる前、
早稲田大学で行われた、ある講演に参加した。

業務と関係ある内容で、興味深くなり、
いくつか挙手して質問した。

やがて講演は終わり、
一人の青年がやってきた。

早稲田大学中国人留学生会会長。
何か叱られるのかと身構えたが、
質問の内容に感銘を受けていただいたとのこと。
そんなこともあるものだ。


しかし驚いた。
中国ビジネスを展開する中で、
一度話をしようと、まさに捜し求めていた人物だったので。

見えない力があるとすると、
見えない力が作用したと思うしかない出会いだった。

早稲田大学は特にアジアでその存在感は大きく、
アジアからの留学生は選りすぐりの猛者ばかり。

在学中は、母国語でないのに、
言葉を介する文科系の学部に、
当たり前のように優秀な成績を残していく彼らに、
脅威を覚えていたのだった。

特に、中国人と韓国人の留学生は、
存在感が際立っていた。


正直、社会人生活に何年も揉まれて、
漸く、彼らと話せるようになったかもしれない。
何だか、中身の無さを見透かされそうな、
勝手な引っ込みが、消えていた。


会食する。
自然体で、その中国人とは打ち解ける。

聡明であり、人間の器の大きさを感じさせる雰囲気。
雰囲気に呑まれてしまった。


今後、彼とは縁が深くなりそうな予感がした。
人生のシナリオに、彼が関わりそうな、
そんな出会いだった。

たおやかな人。
これは、東アジアに古くから共有する、”徳”というものの現れ。


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# | 2006/02/28 00:59 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 恋愛感情ボール
2006年02月27日 (月) 編集 |
棚を整理していて目に付いた。
久し振りに、Bette MidlerのCDを聴く。
10年くらい前に、ある女性から貰ったCD。


THE WIND BENEATH MY WINGS (Bette Midler)

It must have been cold there in my shadow,
to never have sunlight on your face.
You were content to let me shine, that's your way,
you always walked a step behind.

So I was the one with all the glory,
while you were the one with all the strength.
A beautiful face without a name -- for so long,
a beautiful smile to hide the pain.

Did you ever know that you're my hero,
and ev'rything I would like to be?
I can fly higher than an eagle,
'cause you are the wind beneath my wings.

It might have appeared to go unnoticed,
but I've got it all here in my heart.
I want you to know I know the truth, of course I know it,
I would be nothing with out you.

Fly, fly, fly away,
you let me fly so high.
Oh, fly, fly,
so high against the sky, so high I almost touch the sky.
Thank you, thank you, thank God for you,
the wind beneath my wings.


はっとした。
まさか。

何度か映画、観劇、キャンプ…。
近い距離にいたものの、特に男女の付き合いもなく離れていった日々。

フライトアテンダントになる、と宣言し、就職活動中に、ポケベルで何か応援をしていたのを
うっすらと覚えている。

宣言どおりに就職を決めたときにこのCDをくれたのだった。

当時は、”空飛ぶ仕事に就けました、ありがとう”くらいの気持ちだと思っていたが。
伝えたかったことは他にもあったみたいだ。
強気で、派手な女性だったが、
それでも、繊細だったのかもしれない。

今なら、この歌詞の深さがとても染み入るように分かる。
こういうことを、人から伝えてもらえるのって、一生のうちに、数えるほどしかないだろう。

恋愛成就というのは、結構神秘的。
こういう恋愛感情ボールを互いに投げられるのがいいけれど、そう何度もできるものではない。
こうして十年後ボールが届いて返しようがなかったりもして。

遅くなったけれど、タイミングも外しているけれど、
このCDくれてありがとう。

青春の思ひ出。

# | 2006/02/27 02:21 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 極端な人だけを見ないようにする
2006年02月27日 (月) 編集 |
フランス外交官との鍋の会。

一人、ワインも、日本酒も、ビールも口にしない青年がいた。

ENA(国立行政学院)在籍中でインターンで在日フランス大使館に勤務している青年。

イスラム教徒である。


日本に住んでいると、イスラム教徒に日常で接点はほぼ”ない”。
日本のイスラム教徒へのイメージは、最近は”テロ”かもしれない。

パキスタン、インドネシア、マレーシア、
イスラム教徒の外国人に積極的に関与する日本人は、多くない。

そのフランス人は、アルジェリア系フランス人。
アルジェリアと聞いて、ほとんどの日本人はサッカーしか思い浮かべないのでは、と思った。

フランスでは、イスラム系移民が辛い思いをしている。
過激派のテロのため。
でも、イスラム教は決して暴力的な宗教ではない。

日本でも何も考えずに、限られた情報で”テロな感じ”だけを抱いている人がかなり多いのは、とても寂しいことだと彼は言う。

宗教に関しては比較的に”ニュートラル”な現在の日本。
最近、イスラエルとパレスチナの和平交渉仲介を日本が提案したことが、小さく新聞記事に出ていたが、
我々にしかできないことは、実は結構あるような気がする。

聡明で、人格者の彼のお陰で、気付かせてもらったこと。
”極端な人だけを見ないようにする”

■ フランス外交官との鍋
2006年02月27日 (月) 編集 |
先週末。
外務省から大学の教職に転じた知人より受けた招待。
フランスの外交官との鍋。

フランスという国。
世界史が好きで、読書が好きで、映画が好きなので、
”知っていた”。

しかし、話をする機会はほとんどなかった。


”ドイツとの友好も、旧植民地との対話も、移民問題の解決も、とてもとても難しい、でも決して諦めない”

ワインと、日本酒を交互に口にし、
互いにほろ酔いなった頃、
一等書記官が話しかけてきた。

一つ気付いたことがあった。
”ノーブレス・オブリジェ”に対する意識がとても自然体に感じられた。とても心地良く。

数人のフランス人達、
フランスという国家だからなのか、個人の性質なのか、
その両方に起因するのだろうけれど、
風のように自由な、やわらかな人達。


同じ鍋を囲んだ仲間。
知的興奮に満ちた三時間。
二日経ち、興奮は未だ覚めない。


# | 2006/02/27 01:10 | フランス | Comment (0) Trackback (0) |

■ 器が小さくて赤面したけれど
2006年02月24日 (金) 編集 |
時折、天才に出会う。

今までで一番だと思った二つの分野の天才について。

a.思索の天才:ジャマイカ系米国人 
b.語学の天才:ジャマイカ系イギリス人

”思索の天才”に出会ったのは、アメリカ、シアトルにて。
ビールを片手に、哲学の話を面白く、深く伝えてくれた(難解なことを爽やかに伝えるのは本当に天才)。

しかし。
一つ、恥ずかしい指摘をされた。
”お前は、ジャマイカって、陽気で何も考えてないイメージだったから、余計に驚いてるんだろう”
と。

図星だった。

確かに、国民性というのは、ある。
が、それだけで個体としての人の性格を断定しながら暮らすのは、
余りにも器の小さい生き方。

恥ずかしかった。
でも、人は、触れてみないと分からない。
この頃から、国境に対する感じ方が変わってきたかもしれない。
人を育てる社会は確かに違う。
受け継いだ血は確かに違う。
けれども、違わない本質は、確かにある。
そうやって、気付いて、初めて、相手の社会への理解が生まれたりもする。

ニューヨークで、”語学の天才”に出会ったときは、
前よりも自然に尊敬の念が湧いた。
8ヶ国語を操る。
”Akihiro(私の名前)様、おはようございます”
さま、はないだろう、と思ったが、独習した日本語は、
かなり高いレベルで驚いた。
世界各国から研修を受ける仲間がいて(私はOJTが多くあまり参加できなかったが)、その天才は、本当に相手の言語で話していた。


ジャマイカへの理解、黒人への理解、外国への理解、
完璧なのは無理だけれども、
心の扉は、ずっと前よりも開くようになった。

人が通じるってことは、一瞬にして価値観が変わるような、
化学反応を起こす。
# | 2006/02/24 00:56 | ジャマイカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ シャイン、もうひとつのノッティングヒル
2006年02月24日 (金) 編集 |
1994年から十二年間聴き続けている曲がある。
何度も何度も聴いて、心の一部になっている。
アズワドの”シャイン”。

ジャマイカ系イギリス人。
ジャマイカはアズワドに教えてもらった国。

数年前、ヒュー・グラントが出演する映画、”ノッティングヒル”にやられて、
ロンドン出張の際、ノッティングヒルに行ってしまった(男一人でフラフラ行くヤツはまあ、ほとんどいないだろうが。恥ずかしい)。

次の日、ロンドンのジャマイカ系イギリス人女性(当時勤務していた米系投資銀行、ニューヨーク本部の研修で知己を得た俊才女性)に、
ジャマイカ系イギリス人が多い地域と聞き、
また、その歴史も少し教えてくれた。
1950年代終わりに黒人狩りがあったということも。

ずっと好きだった”シャイン”。
思い出し、また、力が湧いてきた。


When they said I'd never make it
I found strength from within
Cos it is thoro if you seek it
So you can get it if you really went so
  ・
  ・
Come on and shine, shine like a star
  ・
  ・
Spreding your light wherever you are

※ASWAD "SHINE"


お前にはできっこないって言われると
心の奥底から力が湧いてくるのが分かった
望むことってのは目の前にある
ほんとに望めば手元にくるんだ
  ・
  ・
輝け、星みたいに
  ・
  ・
どこにいても光を放て

※訳詩 多々良晃弘

aswd


RISE AND SHINE
# | 2006/02/24 00:26 | ジャマイカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 相手の世界観を知ること
2006年02月22日 (水) 編集 |
二十世紀に大きな存在感を持って世界を振り回した国家、アメリカ、ソ連(ロシア)、日本、ドイツ。

日本は十九世紀よりロシアを恐れ、近代化を急く。
ドイツは狂気の中、ソ連と国境を接し、その一挙手一投足の把握に全力を傾ける。
アメリカは大戦後、ソ連と冷たく対立する。

ソ連が、世界を振り回していたのかもしれない。


日本と、ソ連の関係に注目してみる。
私の祖母はソ連が大嫌いだった。日ソ不可侵条約を破棄し、多くの日本人の命を奪ったから。
もちろん、私も歴史を学ぶ中強い憤りを覚えた。
(多くの日本人はそうであると思う)


あるときに、ウラジオストク出身の、ロシア人と語り合う機会があった。
ロシアから見た地図だと、世界は違う世界に見える、と。

我々の地図。

地図画像<1>
ロシア正地図


ひっくり返す。

地図画像<2>
ロシア裏地図


確かに、圧迫感があるかもしれない。日本の存在は。
北方領土にこだわるのは、ここを塞いでしまうと、海に出ることができないからだろう。
死守したいのだろう。
”不凍港を渇望する大国”、というのは、確かに歴史から感じ取れる。

同じ真理でも、違うアプローチだと、意味合いは大きく違ってくる。

企業経営に対する”メンタルブロック”のアナロジーにも使えるかもしれないけれども、
そんなに小難しいこと以前に、この事実、
本当に相手に”共感する”努力をすることで、本質的な解決策を見つける、
例えば、恋人との些細な喧嘩、子供との壁、腹が立つ職場の上司…。
ハッピーになる秘訣が隠されていると思ってしまった。


<余談>

国境を取ってみる。。。。。。
更に二つの気付き。

その一。
国境がない時代に、暖かくて、緑に恵まれ、海の恵みを受けた島を見つけたのが日本人の先祖。
ありがたみを忘れているのかもしれない。

地図画像<3>




その二。
日本のポジション、イギリスに似ていないだろうか。
この地理的条件はイギリスのそれと似ていて、イギリスの辿った道との共通点があるようにも感じてくる。
日中、日韓関係を考える場合も参考になるかもしれない。
日英賢人会、未来志向分科会、みたいなものがあればいいかもしれない。過去の己を知り、現在の己を知り、未来の己を知る。

地図画像<4>




地図:Google Mapより
# | 2006/02/22 01:26 | ロシア | Comment (2) Trackback (0) |

■ 911そのとき、資本主義のそのとき
2006年02月21日 (火) 編集 |
911そのとき。
外資系証券会社、東京支店で外国株式のトレーディングに従事していた。

東京の発注をNYのディーリングルームに確認する。
電話が、電話が、通じない。
TVは見たこともない光景を映している。

市場の復活には何日かかかったが、
東京の機関投資家からは、石油関連企業の興味を伺う問い合わせが、
何件かあった記憶がある。
あのビルに、私の知人も勤務していたから、
不謹慎に感じた記憶もある。

資本主義は残酷かもしれない。

けれども、実によくプログラムされた仕組みでもある。
絶望の底に、希望の空をみる。
絶望ばかりで、世の中が崩れないように、
下からそっと支柱を建てる。

様々なイデオロギーや、経済体制で人間は歴史を創ってきたが、
株式市場というものは、まるで、
人間の強さも弱さも織り込んで組み立てた、
不思議な発明。不思議な進化。

万能だとは思わないが、とてもとても興味深い仕組み。

あの日から数年経って、
漸く頭が整理されてきた。

まあ、感情は決して整理できないのだが。

# | 2006/02/21 23:11 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 偉人の条件
2006年02月20日 (月) 編集 |
NHKを見ていたら、”偉人の条件”とやらを解説していた。
確か、”視点・論点”か何か、渋い番組で。

詩人である解説者は、かつて古今東西十五人の偉人を選び、
その共通点を見出そうと研究していた。

彼の結論は、偉人には共通点がある、ということ。
その傾向。

・偉人は貧しかった
・偉人は辺境出身だった
・偉人は両親のうちのどちらかが無理解だった
・偉人は障害、逆境を浴びて、それを乗り越えた
・偉人は学校が嫌いだった
・偉人は偉人伝を読んでいた

なるほど。

しかし、偉人って何だろう。

# | 2006/02/20 18:17 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 一千年以后
2006年02月19日 (日) 編集 |
大学時代、同じゼミで、いつも一緒だった友人の結婚式に参加した。
新婦との交際は7年。

その間、彼にとってうまく物事が進まない時期が続いた。
けれども彼は年々輝きだした。
新しいことに挑戦し続けた。

不遇の時期に、信じ合える。
一千年後にも、信じ合える。
愛する覚悟は、美しい。

感動した。ありがとう。


(スピーチで話した”一千年以后”。中国で私が震えるほど感動した曲)

”一千年以后” 

心跳乱了節奏      
梦也不自由
愛是个絶対承諾 不説
撑到一千年以后
放任无奈淹没塵埃

我在廃墟之中守着你走来
我的泪光承戴不了
所有一切你需要的愛

因為在一千年以后
世界早已没有我
无法深情挽着你的手
浅吻着你額頭

別等到一千年以后
所有人都遺忘了我
那時紅色黄昏的沙漠
能有誰
解開編紐※千年的寂寞

※表示できる漢字がなく、代用
※作詞 李瑞洵  作曲 林俊杰


日本語訳

”一千年以後”   

動悸が高まり乱れてしまう
夢さえ自由にならない
何があろうと絶対に大切にしたい愛、言葉にはうまくできないが
一千年後までずっとそのことに支えられながら
埃に溺れた続けることなど些細なことと思えるような愛

私は廃墟の中で、やって来たあなたに寄り添って歩く
私の涙はとめどなく流れる
あなたが必要な愛は全てここにある

一千年後だから
私はとっくに世界にいない
あなたとじっと手を繋ぐことさえできない
あなたの額にそっと口づけすることもできない

だから、一千年後まで待たせないで
皆、私のことなど忘れ去ってしまう
その時、紅の黄昏の砂漠の中で
誰が
一千年の寂寥を紐解いてくれるだろうか

※日本語訳詞 多々良晃弘(意訳あり、誤訳あり?お許しを) 
# | 2006/02/19 23:39 | 中国 | Comment (5) Trackback (0) |

■ スズメとハト
2006年02月19日 (日) 編集 |
公園のベンチで昼食を済ませる。
パンの欠片を放る。

スズメとハトがたいてい現れる。
ハトは大きい、スズメはかなわない。
ハトはスズメを威嚇する。

けれども、食事にありつけるのはたいていスズメ。
餌を見つけては、素早くやってきて、嘴でつまみ、遠くに運ぶ。
そこで安心して食事をする。

ハトはそのスピード感にはついていけない。

無邪気なスズメも悪くない。




# | 2006/02/19 17:48 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ リンゼー元米大統領補佐官、握手の威力
2006年02月14日 (火) 編集 |
数年前、リンゼー米大統領補佐官と握手をした。
当時勤務していた、外資系投資銀行の東京オフィスにて。
上司に懇願して、挨拶だけ、させてもらった。

彼は、後にブッシュ大統領のもとを去る(辞任のかたちだが、解任とも言われる)が、一度の握手のために、彼の経済政策が理解されなかった当時の状況を、未だに自分のことのように悔しく思っている。

日本の経済の本質を見抜いている(日本を理解しようとしている)数少ない大国の幹部であったと信じている。
その理由はどこにあるか。当時溢れていたそうした論調を鵜呑みにしたわけでもない。話していた内容を深く覚えているわけでもない。
実は、この要因は、論理の世界を超えた感情の世界によることを否めない。自ら”そう感じさせた”のである。

アメリカ人の握手は、不思議なくらい強い力がある。
極上のスキンシップで、威圧と懐柔のスパイスを、協調の雰囲気に包み込む。

特にエグゼクティブのそれは、世界一である。
人種・民族に関係ない。ヨーロッパの文化とはおそらく違う。マイノリティといわれるヒスパニック系でも、アジア系でも、ユダヤ系でも、アフリカ系でも、エグゼクティブは皆同じ握手をする。

人は皆”違う”。
その”違い”は時に狂気を生むような誤解を与えることもある。
しかし、不可分の領域を保ちながら、互いを共有することで、違いは止揚へ繋がる。
自分の望む方向へ相手を包み込むこともできる。

アメリカ人エグゼクティブの強さ。握手の強さ。



なお、もう一点。
一民間企業に国家の幹部が来訪する様子を見て、
いかに、アメリカがピンポイントに良質の情報を拾い、重要な情報を放出、共有していくか。そのネットワークの強さと、情報を大切にする価値観。そこに国力の底力を垣間見たと、深く記憶に残っている。


# | 2006/02/14 00:50 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 言葉の共有にみるいい話
2006年02月09日 (木) 編集 |
昔、韓国人同士の会話を聞いていて、ん?と思ったことがある。

・・・ヤクソギ・・※○×△・・・

”약속(ヤクソギ)”は”約束”なのではと思い確認したところ、
やはりそうであった。

明らかに、同源の言葉を、日本と韓国で共有している。
共有している経緯は分からないが、
この言葉、この単語を共有しているのは、
何だかいい話では。

約束、という価値の定義が同じ国同士。



# | 2006/02/09 02:39 | 韓国 | Comment (2) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 7 経済、道徳、寝言
2006年02月07日 (火) 編集 |
利益追求と社会貢献は対極か。
二宮尊徳の言。”道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である”
こういうのを止揚というのだろう。
# | 2006/02/07 00:57 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 6 為政者の責任
2006年02月07日 (火) 編集 |
戦争行為は、外交行為。らしい。
しかし、コストパフォーマンスはどうか。リスクとリターンは釣り合うのか。

戦争に負けるリスク。
心が荒むリスク。戦う側も、その相手も。回復にどれだけ掛かるか。
戦争に勝っても相手の心は克服できない。

為政者は、絶大な責任がある。
人に夢を与えるロマンチストであり、人の夢を守るリアリストでなければならない。


リアリスト。
反戦と非武装は違う。とか。そういう認識を避けない。
仮想敵を作るやり方は、下のやり方かもしれない。でもリアルワールドを忘れないこと。

血と涙に鈍感にならない。
体感しないと、忘れてしまうのかもしれない。
忘れかけているからといって、血と涙を試したくなる気持ちが出てくるような為政者は、適性がないから為政者を辞めるべき。

宣戦布告の快感に踊らされない。
そしてそもそも、強盗行為への説法なんてものを過信しない。
# | 2006/02/07 00:56 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 5 真の国家友好関係はありえないが
2006年02月07日 (火) 編集 |
世界史を学ぶと分かること。
国家間で、真の友好関係はありえないということ。世界地図は何度塗り変わっていることか。
互いの国益を互いに認め合える時には、平和が保たれる。
それを国家友好関係と呼ぶのだろうが。

翻って、個人は。
国境を越えて、利益を越えて、大切な存在は大切な存在。

平和への鍵がここにある。というか、ここしかないのかな。
もう少し思索が必要か。
# | 2006/02/07 00:55 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 4 記憶の世界 歴史の世界
2006年02月07日 (火) 編集 |
歴史認識が違うのは当たり前。
記憶の世界においては、事実よりも感情が勝る。
辛い過去を乗り越える人間の本能、叡智だから。

歴史認識の相違が外交カードになるのは、
国民の感情に訴えるから。
事実を整理する段階でないということ。
感情が混沌としていて、整理を受け付けないということ。

プロパガンダ合戦だとしても、
本質を分かった上で取り組まないと。
情には情しか訴求しない。
もちろん、理には理で。
# | 2006/02/07 00:54 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 3 武器は使いたくなるもの
2006年02月07日 (火) 編集 |
子供の頃。
割り箸鉄砲で弟を撃ったことがある。
もっと恥ずかしいのはオモチャのピストルで、弟を撃ったことがある。
蟷螂(カマキリ)を捕まえてきて、バッタを同じ虫篭にいれたことがある。

武器は使いたくなる。
持っていると使いたくなる。

使わない、使わせない”タガ”がないとダメ。
精神的、物理的”タガ”が。
# | 2006/02/07 00:53 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 2 分類主義の弊害
2006年02月07日 (火) 編集 |
事象を分類するのは、意味がある。
何が問題かを把握して、解決するには。

しかし、極左と極右。
本質は同じ。分類される意味がない。
現実的解決策を持たないことを誇示している。

極端に意見がブレるのは、
極端に視界が狭い、極端に接触が少ない証拠。

すぐに、右とか左とか、タカとかハトとか、使うのはスパイシーで楽しいのだけどよく本質を考えてから使おう。
# | 2006/02/07 00:50 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 備忘録:異国の上空で浮かんだこと 1 世界史を学ぶと分かること
2006年02月07日 (火) 編集 |
世界史を学ぶと分かること。
歴史は勝者が創るということ。

世界史を学んでも分からないこと。
敗者にも、大義があったということ。
# | 2006/02/07 00:48 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 炎と爆発 -新年好-
2006年02月06日 (月) 編集 |
旧正月を祝う。新年好。
厳かで、清らかな日本のそれとは一味違う、隣国中国の賑やかな、華やかな祝い。

東大寺の”お水取り”は1300年を経て、道を分かったひとつの形だと感じる。
渡来人が持ち込んだ習慣は、日本式に厳かに清らかに。脈々と時代の洗練を受けている。

一方で。
中国の”悪魔祓い”。
あちらこちらで見られる大きな打ち上げ花火。爆竹の爆音。
業務用のような花火に点火し、10万発の爆竹を爆発させる。
暴発や、引火で火傷をした人々のニュースがテレビでやっている。

さて。
小学生の頃、発熱し、近所の病院で点滴しているときに隣の別途にいた年輩の男性の話を思い出した。
空襲に会い、花火や爆竹の音が怖いという。

確かに。

あの男性があの場にいれば、悪夢でしかないような。
猫は部屋の片隅から出てこない。怖いのだろう。

ともかく。
炎と爆発は、平和的娯楽であり続けて欲しい。
ヤンキーが攻めてくるサイン、平和のサイン。
新年の悪魔祓い、平和のサイン。



写真:

<発射>



<開花>
花火


<炎上>
爆竹



# | 2006/02/06 01:31 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 河と川 中国と日本
2006年02月04日 (土) 編集 |
写真:揚子江の夕暮れ
揚子江


揚子江(支流)沿いを散歩する。
日が暮れようとしている。

中国は、河。
大きい。ゆったりと、淀む。水は濁る。混沌。
肥沃な、命の大地を創る。

日本は、川。
鋭い。さらさらと、流れる。水は澄む。清流。
清い、命の水を創る。


国を表すかの如きアナロジー。
# | 2006/02/04 23:39 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |
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