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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ シンデレラ願望
2005年10月29日 (土) 編集 |
”シンデレラ”を、玉の輿の小咄で片付けるのは勿体ない。

大方の人間には、おそらく、何か急激に、生活なり、社会的地位なりが向上すればいいという投機的願望が備わってらしい。
外的環境に希望的観測を抱く癖。

我々が幼少時に接していた、絵本の”シンデレラ”は
「辛いことがあっても真面目に誠実に暮らしていけば、必ず報われる」
というように集約されていた。

社会的な秩序、人間性の形成を、投機的な本能に結びつけた秀逸な解釈だ。

しかし、内的環境から現実的目標を狙うシンデレラもいたっていい。
「大切な人を守りたい、何かを変えたい」
という自発型シンデレラ。

アメリカの強さは、世界中から集まった”後者のシンデレラ”達の血が脈々と流れていること。
映画Cinderella Man http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail?ty=mv&id=321979

痺れるような感覚を受けた。
シンデレラマンになりたい。


追記:
”ブリジットジョーンズ”のレニー・ゼルウィガーがいい味出していた。
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# | 2005/10/29 13:01 | アメリカ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 時間による洗礼、洗練
2005年10月27日 (木) 編集 |
同じ杜で学んだ友人が、ふと、煌き出す。
道を分けた歳月などお構いなしに、相手の歩んだ軌跡が見えてくる感覚。
不思議な再会であった。

大学の同級生が本を出版した。
こうして書物を手に取ると感無量になる。

法学部なのに国際関係に傾倒していた変わったグループ。
開発経済の授業に熱中した(現世銀エコノミストの竹内佐和子氏の講義だった)。皆で弁当を買って、芝生でゴロゴロしながら勝手なことを言い合っていた。まるで世界を変えることができるかのように。

月日の洗礼は悪くない。
ちょっとだけ、世界を変えられるような気がしてきた。

(読みやすく、かつ本質論が述べられている良書です、ぜひご一読下さい)



------<下記著者より送付された概要>------
■説明:
胡錦涛国家主席の娘も在籍していた、中国のトップビジネススクールに留学した著者が、同級生である超エリート中国人と歴史認識問題や反日感情などについて本音で語り合った1年半の記録です。著者がCEIBS(上海にあるビジネススクール)在学中に発行していた1年間限定のメールマガジンを単行本化しました。2500人以上の読者をもち、400通以上の反響のメールが届いた人気コンテンツです。2004年はサッカーのアジアカップ、2005年は反日デモなどで日中関係が注目されました。今後も、経済関係の深まりとともに注目され続けるでしょう。本書は、中国や中国人を単一的な見方で結論付けるものではなく、著者の視点で中国のビジネスエリートの姿を鮮明に描くものです。

■出版社からのコメント:
将来の中国ビジネスを動かしていく、リーダーたちの価値観を理解するのに役立つ一冊です。中国ビジネスに関わっている人、またはこれから関わろうとする人、日中関係に興味がある人に特にお勧めします。中国人との付き合いの中で起こりうる問題を解決するためのヒントがここにあります。

■著者からのコメント:
今、日本のメディアを通して知ることのできる中国は、マクロ分析や、反日的な映像が多くを占めています。中国ビジネスにおいては、今後の中国を担う人々 ――CEIBSに通うような若い中国人エリートたち――を知らずに、大局的な判断はできません。
本書は、CEIBSで親交のあった同級生についてのみ、書いたものです。彼らの言動や価値観を、すべての中国人に当てはめることはできませんが、中国のエリート層について大体のイメージをつかんでいただければ幸いです。現在、両国は微妙な関係にあります。既存メディアがつくる中国のイメージを超えて、ひとりひとりの中国人を思い描いていただくことで、皆さまの理解の助けになればと思います。

■目次:
まえがき
親愛なる同級生へ
▼本編▼
「中国のバブルは崩壊するのか」
一人っ子政策の実情
SONY大好き
レディーファースト?
チベット遥かなり
大量メールによる抗議作戦
初めてのローソン
ビジネス倫理の授業へのブーイング
中国人CEO
熱烈株式投資!
熱烈不動産!
「僕たちは日本が嫌いだ」
ほろ苦い上海蟹体験
日本の成功への複雑な思い
国家を超えて
日中大議論――日本政府へのいら立ち
本当は傷つきやすい中国人
「君たちは歴史を知っているのか」
台湾人同級生のこと
有人宇宙船「神舟」が飛んだ日
香港の光と影
上海人はなぜ嫌われるのか
熱烈就職!
海外へのあこがれ
中国人同級生とサッカー観戦――アジア杯日中戦
「もはや共産主義体制ではない」
愛国心が高まる夏
人脈という幻想
卒業
心想事成(願えばかなう)
▼番外編▼
反日デモ直後の上海で
同級生たちは反日デモをどう見ているか
あっという間に転職
エリートたちの恋愛と結婚
▼コラム▼
CEIBSのMBAプログラム
CEIBSのエグゼクティブMBAの実力
最近の日中間の出来事
エリートたちの一日
中国最大の日用品卸売市場――義烏旅行
▼資料編▼
私の上海生活マップ
資料編 留学準備からプログラム開始まで
あとがき
# | 2005/10/27 14:29 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ They can say anything they want to say.......
2005年10月20日 (木) 編集 |
ある人は素晴らしいと言い、
ある人は偽善だと言い、
ある人は自分も手伝いたいと言い、
ある人は何もできない自分が嫌になると言い、

マザーテレサについて。

人の感受性というのはかくも様々。


けれども、周りが何と言おうと徹底して信念を貫き一生を終えた彼女は美しい。




# | 2005/10/20 12:21 | イギリス | Comment (3) Trackback (0) |

■ 英国夢想喜劇嗜好
2005年10月19日 (水) 編集 |
自分の喜怒哀楽にパターンがあることを発見した。
ニヤニヤしながら楽しむ、ジワジワ心に響く、再会したい思う作品。

・ ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月(2004) (BJついに結婚?おめでとう)
・ ラブ・アクチュアリー(2003)
・ アバウト・ア・ボーイ(2002)
・ トゥー・ウィークス・ノーティス(2002)
・ ブリジット・ジョーンズの日記(2001)
・ おいしい生活(2000)
・ 恋するための3つのルール(1999)
・ ノッティングヒルの恋人(1999)
・ ボディ・バンク(1996)
・ いつか晴れた日に(1995)
・ ウェールズの山(1995) 出演もしくは声の出演
・ 9か月

この12本のうち9本みて、漸く気付いた。鈍。

ヒュー・グラントが出ているらしい(上記は彼の出演する1995年以降の作品)。
1995年は、ちょうど映画を貪るようにみることになった年。奇妙な一致かと思いきや、分析によると、完全に私は英国夢想喜劇嗜好である模様で、その英国夢想喜劇の主要出演者がヒュー・グラントである。

(放映可能な範囲内の)適度な品のないジョーク。あれはユーモア、と呼んでよいのか(男子校、男子寮の笑いに限りなく近い)。
あの少し卑怯なところが楽しいのか。小市民キャラがいいのか。
黙っていれば2枚目だが、同化できそうな3枚目感が共感できるのか。

疲れなんて吹き飛ばす名演に感謝。

hughgrant


Premiere: Hugh Grant and Renee Zellweger at the New York premiere of Miramax's Bridget Jones's Diary - 4/2/2001
Photo by Jeff Vespa/Wireimage.com


# | 2005/10/19 12:08 | イギリス | Comment (4) Trackback (0) |

■ 鎮魂のためにできること 次世代のためにできること
2005年10月18日 (火) 編集 |
1944年、フィリピンセブ島で戦死。祖父は眠りは漸く深くなる頃だが。

首相の靖国神社訪問が中国、韓国の猛反発を受けている。
尊厳がぶつかり合うので、感情の高ぶりもみられるデリケートな問題だが、このこと、敢えて考えてみる。このblogを見ている両国の友人もいるようなのでそして、大切な魂(一義的に私にとって祖父への思いを指す)を”論点”として扱い続けるのは何か不甲斐なさを感じるので。


首相の述べた通り、心の問題の範疇に属することと私も思う。
しかし、なぜ、ここまで執拗な抗議を受けるのか。

課題が深刻化する中で、きちんと向き合ってきたか。
戦後60年、近隣国を見据えた外交をしっかりやってきたのか。
どう日本が伝えられているか真剣に心を配ったことがあるのか。


アナロジーになるのか分からないが、ふと最近私生活で体験したことを思い出した。


先日、中国の友人とメッセンジャーでチャットをしていた(英語と中国語のチャンポンで)。
中国には民族ごとの戸籍があるようで(漢族、蒙古族、朝鮮族、苗族、といった具合に)、その友人は満族(東北部、満州周辺に起源を持つツングース系民族)戸籍者だった。

満族の文化の話になって、何かの流れでふと、「満族は戦争に強い民族だね」と入力。

すると、「どうしてそう思うの」「好戦的ではないよ」「戦争は嫌いだ」と、凄い勢いで返答が来た。

結構焦った。○○人は、という話は分かりやすいのだが、トピックを選んで使わないといけない。そして、外国人とは情報蓄積の前提条件にやはり違いがあることと、他言語はどうしても微妙なニュアンスを漏らしてしまい意図しない誤解を招く可能性があると痛感。


一生懸命、相手から伝わってきたマズい空気を修正した。
「好戦的だという意味ではない、満族の文化的なことについて知りたかっただけ」
として、論点を変えた。

「どの民族にも関係なく、人々には光と闇の心がある」
「どの民族も拡張の野心があり、守らなければならない家族もある」
「それぞれ闇を持っていることを理解した上で、矮小な民族主義を超えて互いの光の部分を引き出すのが、できる人にはできるし、できない人にはできない。接点がある人はできる環境にある人。だから先鞭を作って周りに広めよう」

と結んだ。教科書的と言えなくもないが、これは本心であり、言霊を込めて伝えた。何とか真意は伝わったらしく、話題は平穏な方向へ戻っていった。誤解が残らないように別の友人から後日フォローもしてもらった。貴重な友人を意に反して無くすのは御免なので。


なぜこのような思考(”満族”=”戦争の得意な民族”)が浮かんだか。
潜在意識がそうさせたらしい。
中国史の中での清朝の成り立ちのインパクトが強く、教科書、物語、映画などで私が吸収したイメージがそうさせたようだ。
清朝が興されるとき、少数民族である満族は漢族の明王朝を、僅かな兵で倒している。
”満族八旗”。山川出版の世界史用語集にも載っているはず。


この一連のやりとりで感じたこと。
1.潜在意識は恐ろしい(近隣諸国の”日本人”に対するイメージは…)
2.ミスコミュニケーションは恐ろしい(靖国や歴史問題で意図しない解釈を相手に与えていないか…)

少なからず何か件の外交に通ずるところがあるような気がした。


翻って、靖国を初めとする歴史関連の問題、どうしたら解決に近づけるのだろう。

政府に対して。
日本について、懸命に語ってくれる国家をもっと大事にして、戦略的に動いて欲しい。第三者の意見なら受け入れられることもあろう。
60年で胸を張れる外交成果はたくさんあるだろう。
日本に友好的な国家もたくさんある。
中国、韓国へ”日本”を誤解なくきちんと伝える使者にもなってくれるはず。
自ら伝えられないのなら。自ら伝えても響かないのなら。
(シンガポールのリー・クアンユー氏がコメントしたのは聞いたことがある)

そして個人として。
戦争に対する感情について、ある程度、理解されうる形でそれぞれが整理し、発信することをやらねばならない。少なくとも聞かれたら応えられるように。
・愛する人が死んで、加害者だとは決して認めたくない心情
・本当に心から理想郷創立を目指していた純粋な志
・権利を守るという言葉の持つ範囲の曖昧性
・歴史は勝者が作る、という世の常と、敗者だって誇りを持っている、という世の常
・愛する人を感謝し祭る心
・信じる受け入れられない相手がいる現実
・愛する人が死んでいる、カウンターパートナーがいる現実
・勇ましい戦士も生きるために鬼になっていたかもしれない可能性
・傲慢の中悪魔のスイッチが入った者もいたかもしれない可能性
・現在、鬼や悪魔を崇める集団を見ているかもしれない隣人の視線
・戦争は何でも起こりうるという戦争自体の罪深さ

鎮魂のための神社が魂の眠りを妨げるのは悲しいこと。
魂は道具ではない。
先輩をそっと眠らせてあげるためにも、そして我々や次の世代のためにもやれることはたくさんある。国が国がと言う前にできること。

そして、因果応報、きちんとやらないと大変なことになる、くらいの危機感も必要かもしれない。禍根の慢性化は思いもよらない爆発を引き起こすかもしれないから。


<今読んでとてもインスピレーションを受けたサイト>
グロービス堀義人氏ブログ(必ずしも考え方は同じではないが、とても深く真剣に考えていらっしゃる)
中国人の友達との徹底討論(その1)靖国問題・東京裁判
(反論コメントもじっくり読む価値あり)
中国と韓国の友達へ。Dear Friends in Korea and China


<思考停止になる前に読んでみる価値のある本>

RX-7で京大に現れたという先生。何度も繰り返し読み、付箋でいっぱい。外国にも持って読んでいた本


満州開拓を描いた大作。吸い込まれる。一部描写について抗議があったらしく、8巻で休刊。光も闇も懸命に表現されている感じがする。子供のときに聞いた関東軍出身の老人の話と近い


感じる本



…また重いの書いてしまった。
じっくり時間をかけて掘り下げていくテーマではある。
# | 2005/10/18 15:41 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ いざ中国奥地へ 少数民族”瑶族”伝統の薬草茶を求めて 
2005年10月16日 (日) 編集 |
(前回より続き)市場は鮮やかだった。
豊富な果物。牛・豚・鶏・鴨の生々しい肉。そして目当ての野草も。

いくつか見繕って乾燥野草を購入。これが薬草茶として毎日飲めるという。
そして、瑶族の女性は言う。
「この野草がどこで取れるか、お見せしましょう。私達が子供の頃から遊んできた森に案内します。」

鬱蒼と茂る秘密の楽園。
forest

屋久島でしか見たことのないような大きな樹。
bigtree

湧き出でる泉。
izumi



まるで童心に返ったように皆で走り回った。鬼ごっこもした。30前後の5人で、国境を越えた偏狭での鬼ごっこ。

確かに野草の宝庫である。
子供達は、学費(中国も諸雑費は個別に負担するシステムのようだ)の足しにするため、
野草を集めて、取り仕切る年配の女性のもとに通う。
現金と交換している子供達に話を聞いたら、
「ずっとこうして来たので、学校にも通えるしありがたい仕組みだ。」
と勲章な回答。

granma


goods1


goods2



ホテルに帰って薬草茶を飲んでみた。
ほっとする味。結構美味。
当初から狙っていた”苦丁茶”は炎症を鎮める作用があると言われているよう。
元来漢方薬の一種らしいが瑶族は特に体調が悪くなくても常用し、体調をメンテナンスしているということらしい。
日本では健康食品の悪い話が溢れているので、
「本当に副作用はないのか。」
などと場にそぐわない詰問をまたもしてしまう。
でも、内心は何千年もこの地で受け継がれてきた伝統は、何よりも信頼できると感じる。


他にもいくつか葉っぱ(本当に”葉っぱ”)を入手した。
日本に帰っても常用している。
美味しいから。しかも体調メンテしている気分になれるし(全く疲労OLみたいだが)。

何人かにお裾分けしたら、ことのほか評判がいい。
実は現地では大手飲料メーカーが商材として買占めを始めようとしているらしい。
ちょっと切ないが、でもさすが目の付け所はいい。これだけのモノだから。

2日間、本当に特異な体験だった。
いやあ、世界にはふしぎ発見がまだまだありそうだ。
また元気になってしんみり考える。
# | 2005/10/16 07:51 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ いざ中国奥地へ 少数民族”瑶族”伝統の薬草茶を求めて  
2005年10月15日 (土) 編集 |
(中国滞在中のことを記載)漢方治療を受けて、著しく崩れていた体調もかなり良くなった。

そうした中、現地滞在中に新たに知己を得た物流企業の社長が、経営上の問題解決の相談に乗って欲しいという。
議論に付き合っていたところ、随分役に立ったということで、何かお礼をしたいと言ってくれた。

何も要らないと伝えると、彼は、
「体のことが心配だから、日常生活でお茶として飲みながら体調を改善できる、いい薬草茶を差し上げたい。」
と応えた。私にぴったりの、体の炎症を抑える野草が取れる地域があり、休養も兼ねて、現地でモノを入手して来ようという企画。2日間かけて奥地の山間部へ。そして、どうやら少数民族”瑶族”の自治区に向かうらしい。

薬草、野草、何だろう。少数民族…。うーん。私の知りたい魂に火が付いてしまった。
「ぜひ連れて行って下さい。」


さて、いざ出発となったがやはり一筋縄ではない。湖南省省都の長沙市から数百キロ。できたばかりの高速は途中で途切れ、山道を行くことに。道なき道。牛、水牛、馬、犬、鶏、そして人間までもが道を遮ること遮ること。

buff


10時間はかかったか(暗いうちから出発して助かった、夜中になれば道が見えないところなので)。
やっとの思いで瑶族自治区に到着。まさに秘境。

sight


(瑶族の伝統的様式に則った建造物)
gov1


trad


まずは現地政府の局長に挨拶に行く(最初にこれをするのとしないとでは、田舎の街の行動範囲が全然違ってくるらしい)。

gov


top


そして、市場に足を運んだ。

mkt



(次号へ続く)
# | 2005/10/15 08:56 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 「薬草を手に入れた。」 本場中国的漢方人体実験
2005年10月14日 (金) 編集 |
六本木ヒルズクリニックで唖然としていた。
「このままの仕事の方法では遅かれ早かれ限界が来ますね。」
情けない気持ちでいっぱいだった。

ご存知の方はほとんどいらっしゃらないと思うが…。
私は今年の6月、入院していた。

5年ほど前になるだろうか。
ロンドンに出張に行ったときに初めて下血。
見なかったことにしてトイレに流す。
その後も不定期、年に何度かの出血が続く。下痢は日常(汚い話、失礼しました)。

そして今年に入ってからは38度を超える高熱が3回も出る。
鼻血がすぐに出る。
下頭が重い、いつも疲れている、顔が青い…。

健康診断の結果は、要精密検査…。
・肝機能低下
・消化器機能低下
・不整脈
・血便、血尿

投資銀行、経営コンサル。
凡人が凡人を超えるために挑んだ日々だったが、健康管理は思いきり後回しにしていた。ヘッドハンティングに浮かれたり、チーム解散と失職に絶望したり。でも挑戦、挑戦と日々唱えてきたつもりだった。
悔しくてMariah Careyの”HERO”を数百回は聴いた。そうして鼓舞してきた。
ずっと元気を装って、頼まれた仕事は笑顔で受け、何か更に新しい価値を付けられないか考えていたのだが、段々と、どうもそうしたテンションが出なくなっていた。
こ、れ、は。自分のキャパシティ不足、プロとして失格。悲しいかな。

病床で決断をした。
一度最低でも7割までは体調を戻さないと(そのときは3-4割の稼動感)。

病床を抜け出し、尊敬していた社長に深く頭を下げ辞表を受け取ってもらった。直近のプロジェクトで割と成果を出していたので、形だけでも?役員陣が引き止めていただいたのが救いだったが。申し分けない気持ちでいっぱいだった。顧客にも、会社にも、自分にも。

「本質的な体調回復には時間をかけて休養するしかなく、出血や炎症に対しては対処療法的に投薬するしかない。」
という医者のアドバイスはもう何回も受けていた。
カメラで胃も腸も見せてもらった。潰瘍性大腸炎という難病の疑いがあるとも診断されたことがあった。結局のところ疑いは疑いでしかなく、もらったステロイドも継続して服用する気にはなれなかった。ステロイドの本まで買って研究したのだけれど。

そんなときに、かねてから、中国人の親友が中国での漢方治療を勧めてくれていたのを思い出した。正直半信半疑だったが、賭けてみることにした。一か八か。


さて。
中国湖南省長沙。歴史ある中部の代表的都市。
おそるおそる病院へ。
「日本の健康診断の数値を至急下さい。」
と言われ、弟に国際電話をかけ、FAXしてもらう。
足りない数値は追加検査。

アルコールの臭気が漂う検査室。
同行してくれた友人に何度も尋ねる。
「注射の針は使い捨てだよな。肝炎移ったりしたらシャレにならない。」
当然、そういう病院ではないところに連れて行ってくれているのに、なんて失礼な質問、というより詰問をしていたのだろう。ごめんなさい。

中国の漢方(中医という)は思ったよりも合理的だった。
西洋医学的なアプローチで、処方されている薬も全て見て、中医の先生が診断する。舌を診たり、触診したり。細かい問診もある。

70歳を超えた地元の名医。
驚いた。問診がいちいち的確な、ポイントをついたものばかり。症状を見事に当てている。
30分ほどの診察を終え、先生は30種類くらい薬草の名前と配分比率を書き出した。
先生が次々と話し出した。
「貴方は数年間戦争に行っていたような環境にいたようだ。”気合い”だけで持たせているのが良く分かる。」
「”気合い”が切れたら本当に大病が浸食するから。」
「体調が低調なのが続いて、体質までも変わりかけている。」
「中医でいう”気””血”が上半身には慢性的に欠乏している。一方で下腹部には”火(炎症)”が慢性的に充満している状態。」
「西洋医学的に言えば、肝臓、大腸、直腸、腎臓、心臓が弱り部分的に炎症を起こしている。もちろん神経も相当疲れている。統合的なアプローチで診る医者でないとダメ。」
「急性的な病には西洋医薬、慢性的な病には中医薬がいいというのが私見。信じてみるなら3週間この薬を飲んでみて下さい。」

そして、苦い薬草の薬を飲んで数日。何となく体調回復の気分。
2週間経つと、嘘のように体が軽くなり、下痢、下血などの症状はなくなった。

人体実験は吉と出たようだ。
夢を見ているのかと思うくらい。
強さが戻ってきた。上京してやる気に満ち溢れていた18歳のときのよう。

命をまた救ってもらった。
身体を粗末にしていて申し訳なかったとひとり自分に向けて謝った。
自分らしく命を大切に燃やそうと決めた。だから創業した。


余談だが、中国における中医(漢方)は、日本における製造業に似ている。経験に基づく暗黙知に溢れている。擦り合わせ型産業である。

evidenced based medicine として定量化し、形式知にまで落とし込むことができれば、とてもとてもとても深く広い展開ができるノウハウが満載されている産業ではないか。


ああ、今日も元気。嬉しい。
# | 2005/10/14 23:57 | 中国 | Comment (2) Trackback (0) |

■ ブルー・オーシャンに煌くイエロー・テイル
2005年10月13日 (木) 編集 |
一日を終えるときに一人楽しむ癖がある。飲酒しながら読書すること。至福の時間。
眼精疲労も相当なものだが、入浴後音楽を聴いてリラックスすればもう準備完了。

酒類はばらつきがあるのだが、最近割と気に入っているワインがある。
オーストラリア産の”yello tail”、葡萄はシラーズ。

ワイン イエロー

一人読書大会に高級なワインを傾ける…。
なんて身分には程遠く、身の丈に合ったリーズナブルな相棒。
深さは特にないのだけど、割としっかりとしていて飲み易い。
カンガルーのラベルが一日の終わりには楽しい。
”ワインを利き酒のご満悦”を味わうのでなければこれは十分だと思うのだけれど。
(あんな不味いものを、という意見がないことを願う)

ワインは、学生時代に弟と西船橋アパート住まいをした頃からよく飲んでいた。
ポロロッカという輸入食材店で、日系ブラジル人の溜まり場のワインコーナーで、
よく数百円の南米産のテーブルワインを買って帰っていたのが始まり。
(しかし、激安だけあって、酸化してたなあ、今思うと。酸っぱい酸っぱいと言いながら飲んでいた頃が懐かしい)

川島なお美先生のように知識を身につけて、官能的に味わうなんてことはまるでないけれど、
でも、このイエロー・テイルはしっくり来る。どういうマーケティングをしてたのだろうなんて考える(職業病?)。


ん、んん、んんんん、?
何だ、聞いていたのか?

今日手に取ったビジネス書、”ブルー・オーシャン戦略”に掲載されている。。。。
これは…。

戦略的に考慮した比重ポイント:従来の”ワイン業界の常識”に対して
↑増やす: デイリーワイン並みの価格、小売店との連携
↓減らす: 深み、品種、葡萄園の格式
↑付け加える: 飲みやすさ、選びやすさ、楽しさと冒険
↓取り除く: 専門用語や等級表示、熟成、マス・マーケティング

まさしく感じていたこと、これ、狙い撃ちだったのか。
このオージーワインはアメリカでも売上げno.1になったらしい。

”ブルー・オーシャン戦略”とは従来のレッド・オーシャンで血まみれになって競合と死闘を繰り広げるのではなく、
競争自体を無意味にする未開拓なブルー・オーシャンを目指すべきだという経営戦略指南の書。
要は戦略ポイントの差別化、ですか。

「偉大な戦略アイデアは、天賦の才能から生まれるというよりは、現場に足を運び、競争の土俵を問い直すというプロセスを通してもたらされる。」

いつもながら戦略本には、ワクワク感がないのだが、結構好きである。
頭を整理してくれる。
この書は事例が多いので、身近な会社がひとつくらいあるかも。


しかし、偶然とは恐るべし。
オーストラリアから学んだ今宵だった。
もう寝なければ。
ワイン飲み過ぎ、プロ失格。


(参考)



■ 早稲田大学でセミナー開催(中国企業法務の論点解説)
2005年10月12日 (水) 編集 |
とある、急成長を遂げているベンチャー企業の社長は悩んでいた。
国内市場は飽和している。
海外市場展開の割合を大きくしたいが、どうしたものか。

今までの、商品力の強さに任せてきた営業手法も限界か。
じっくりと相手に納得してもらえるような、コミュニケーション重視のやり方にしないと、新規の顧客は獲得できないようだ。

社長は実は語学がからっきしダメ。幹部社員も皆旧知の仲間、語学がダメな連中だった。

そんな中、ある日、社長は学生アルバイトの面接に立ち会った。
願ってもみない、語学堪能な女子大生が現れた。
即採用を決め、自社事業の有能な伝道師とすべく、社長自ら英才教育を施すと決断した。

彼女は要領が良く、みるみる事業ノウハウを吸収していった。
社長は満足だった。
社長は彼女を国際貿易部長に抜擢した。ベンチャーとはいえ、異例の人事。
実は、能力の高さと共に、彼女の美貌、そしてその笑顔に心踊る毎日を楽しみたかったのだった。

やがて月日は過ぎた。
そして社長はまた悩み出した。
ここのところ、どうして海外事業の売上げが減少しているのか。

ついに原因を突き止めた。
どうやら、国際貿易部長が顧客リストを横領し、競合製品を裏で販売しているようだ。彼氏と結託して。

しかし時、既に遅し。
件の彼女は異変を感知し会社を辞めた後だった。


以上は中国での実話。
さて、泣きながらやってきた社長の相談に乗った弁護士は打ち手を考えた。

まずは不法行為のかけらを集めて、”行政ルート”を使い彼女の自宅に捜査に入った。
そこで決定的な証拠を押さえ、身柄も拘束した。

その後、”司法ルート”を使い、法廷で彼女を裁いてもらった。
刑法に加え、不正競争防止法に基づく有罪が確定となり、損害も食い止められた。


そう、中国には日本にはない法制度が存在する。
”行政ルート”、だけではない。

プロのビジネスパーソンであるならば、然るべきFS(フィジビリティスタディ)をしながら海外市場を狙うべきであろう。
中国にて起きる日本企業のトラブルの多くは未然に防ぐことができる、そして、もっと多くの日本企業が外資向けの優遇環境を
享受しながらビジネス展開をできるはずだ。

これは中国で杯を何度か交わす中で懇意になり、早稲田大学にセミナー講師として私が招聘した陣弁護士の意見。
上記事件は陣弁護士の勝訴案件。
この他にも盛りだくさんであった講義内容は参加者の方に好評を博し、大成功に終わった。

司会者として、超一流の弁護士の鋭利な応答を目の当たりにし、いただいたご縁に本当に感謝した。
(前日ギリギリまで講義内容を詰め込んでいた私は、自分が法学部であったことを久し振りに思い出した)

さて。打ち上げに選んだ場所は歌舞伎町。
薄暗い通りに強烈な桃色のネオン。
わずか30分の間に声をかけてきた客引きの中に何と3人も中国人がいた(認識できただけで)。

「日本の法律家もきっと苦労しているんだろうなあ。」
陣弁護士の大物ぶりがまたよく分かった。思考回路が早いし達観している。


(ビジネスで中国進出を考えていらっしゃる方、ご一報いただければ知的興奮に満ちた世界をご案内差し上げます)

参考リンク:
・株式会社サーチナ提供関連記事 
・株式会社ネクステージ提供、当日のレジュメ 
# | 2005/10/12 02:58 | 中国 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 天国の貴女へ
2005年10月10日 (月) 編集 |
20世紀は”日本の世紀”と言ってもいいかもしれない。
膨張と破滅を繰り返した激動の100年。

貴女の生きた軌跡は、息吹は、確かに私が責任を持って伝えます。
時代に翻弄されながらも、懸命に伝えてくれた心を。

3年前、94歳で祖母は人生の幕を閉じた。
凛としていた。


武田家重臣の末裔として500年近く続いた家。
名主の娘として婿を取った。
そして第2次大戦でその大切な伴侶を失った。
戦前より続けていた教職(小学校)を続け、子供3人を養った(末娘が私の母)。
戦後の改革で資産は雀の涙ほどになり、更に、追い討ちをかけるように、
大切にしていた教え子の連帯保証人となり、失踪した責任を取り全てのモノを失った。

けれども決して、貴女は諦めなかった。
コツコツと人生を積み上げていった。母として、なのだろうか。

なけなしの土地で付加価値の高い園芸用花卉を育てたりしていたらしい。
付加価値の高い、という辺りを考え副業していたところは、貴女の強さを感じる。

いかにして誇りを持って子供達を育てるか、そのための方法に精一杯注力したらしい。

貴女の末娘(私の母)は貧しかった記憶はないという。
テレビも一番に入った。
家はハイカラだった。

でも私は知っている。
大学時代、貴女とその友達と3人で一緒に温泉に行った時。
「ありがとう、いろいろお疲れ様だったね。」
と私が言ったら、気丈に見えた貴女が、
「八十何年生きていたけれど、その一言かけてもらったことなかった、ありがとう。寂しかった。」
と泣き崩れたこと。最愛の夫が帰ってくるまで涙を見せまいと思ってたと呟きながら。

ごめんね、思春期には貴女に酷いことを言ったこともあった。
あまりにも厳格だから、
「いくら品位があったって、持っているモノがなければ世の中ダメだろ、品位なんていらないんだ。」
などと没落への当てつけのように。


貴女はずっとずっと一貫して教えてくれていたことがあった。

「戦争が起こるのは、お互いの接点がない人間が憎悪の連鎖を作るから。まず接点を作り、相手を利することだよ。」
と。
最愛の夫を奪ったアメリカの進駐軍にも笑顔で駐屯所を提供、もてなした貴女。
「悪いのは戦争。」

その器の大きさ。
「日本男児らしく、侍らしく、澟としなさい。」
「大志を貫け。」

貴女の言葉がなければ、今の私はあり得ない。
澟として生きていきます。
以利通人、というのは貴女からもらったインスピレーション。


法事に行って驚いた。
先祖が立て、代々面倒をみてきた寺、筆頭の檀家としてきっちり再建したのだった。
貴女はあの世に行っているのに、またも驚かせてくれた。

ありがとう。
もう、ゆっくりして。
あれほど会いたがっていた、最愛の人に会えたのだから。

新しい100年は我々が創るから。安心して。
モノがなくても、心は残るのだから。
悪くないよ、新しい世代だって。

亡くなる18日前、一緒に乾杯したシャンパン。
同じように孫と味わえるように。
「人生はあっという間。」
心に刻む。

あなたの孫でよかった。
# | 2005/10/10 23:47 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 創業
2005年10月07日 (金) 編集 |
(感性に訴えた出来事を少しでも留めたい一心で、人間は言葉と文字を操るようになったと私は思っている。記憶が砂上の楼閣と化しないように、これからの日々を綴ってみたい。)


私は創業した。
”以利通人(利を以って人を通ず)”。
国境を越えて実現させたい思いは抑えることができなかった。

躊躇したか。
正直躊躇もあった。
しかし出会いは勇気を与えてくれた。

現在の共同経営パートナーは、私と一緒に事業をしたいと、会社のインフラを一生懸命整備、用意してくれた。
彼とは、台湾の総統選を鳥瞰するという、かなり”濃い”場で出会った。
30代ながら、実業の世界で、独自の手腕で活躍を続ける彼を内心羨ましく思っていた。
けれども、何度も盃を交わすごとに、彼がなぜ成功しているか自然に分かるようになった。
”やる”からである。
旧態依然の業界(造園業)で新たな手法を次々と投入し、あっという間に実績を出した(神奈川県一位ランク獲得)人物である。

そして、もう一人。
学生時代から付き合いの続く中国人。
彼は国費留学生で日本の国立大学で法学博士号を取得(博士課程は首席入学・主席修了)。
中国で大学助教授、弁護士を務めるまでになった。
「私は自分の理想を持っています。出会った時から貴方の考え方と私のそれは合致しています。貴方と一緒に仕事したいとずっと思って準備してきました。安心して私は絶対自分の夢を裏切ることしないから。」
こうしたメールを貰った。

志を共有できる仲間の存在は、心地良い覚悟を呼び覚ましてくれた。
世代を超えて支持して下さる仲間も現れた。
外資企業勤務時代の同僚を中心とした多国籍応援団も本当にありがたい。

人そのものこそ、最高のインスピレーションである。

互いに利することで、互いを尊重し交流を育むこと。
これは私の一生の使命であると強く感じた。

着実に道を拓くのみである。
# | 2005/10/07 02:06 | 日本 | Comment (11) Trackback (0) |
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