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Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

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■ おたまじゃくし
2007年03月29日 (木) 編集 |
水田におたまじゃくしが孵化する。
三つ子の魂百までというのはあながち嘘ではない。

半ズボンを履いた小さな小さな体で、水面(みなも)に顔を近づけて、
杓文字のような黒い生き物をじっと見つめる。

暦は過ぎ、故郷も過ぎ、忘却の彼方、
今年も迎えた春爛漫の中に、微かな記憶が蘇る。

今日はタイの財務官僚と一日仕事をした。
自分とまるで同じ匂いがした。
不思議な感覚だった。

日比谷公園の池に、
無数のおたまじゃくしを発見し、
二人して屈み込む。
彼もまた、幼い頃の水田を思い出したらしい。
二人で止め処ない会話が続いていた。

おたまじゃくしの変態は、
いきなり起こるわけではなく、
必ずその兆しがある。

けれども曇りのない目で見つめること、
時間を掛けて観察すること、
そうした心がないと、
まるであるとき突然蛙になったようにしか見えないのだと。

おたまじゃくしの身になると、
必ず蛙になるように決定されているのに、
きっと目の前だけしか見えなくて、
気が付いたら陸に上がって蛙になっていたと知覚しているのではないかと。

遠くを見ることはとても難しく、
それでいて近くを見ない選択はありえない。

クーデター、政権交代の中で国家の舵取りを支える彼、
日々の波に溺れないようにもがいている自分、
我々のこともおたまじゃくしだと、
きっと遠いいつかに分かる日がくる、
ひょっとすると、今でも変態の兆しがあるのかもしれない。

蛙は生まれたときはおたまじゃくしだが、
生き抜くことができればきちんと蛙になる。
水に泳ぎ、土に跳ねる。
誰も教えることなどなくとも。






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# | 2007/03/29 00:33 | タイ | Comment (2) Trackback (0) |

■ サヨナライツカ
2006年04月04日 (火) 編集 |
チャオプラヤは、淀む。
熱気を帯びていて、豊饒な大地を容易に連想させる。

水辺の交通、跳ねる泥水に観光客は戸惑うが、
やがて、どうでもよくなる。

マイペンライ、の土地に足を踏み入れると、
ちょっとだけ、人間が大きくなる、ような気がする。

水上バスの岸辺を見上げると、
濁った川面とはまるで違った、
ドンとした、ホテルがある。
オリエンタルホテル。


迷い、偽り、狂い、貪り、妬み、悲しみ、
それでも、救われることがある、ということ。
「人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと愛したことを思い出すヒトとにわかれる。私はきっと愛したことを思い出す」


辻仁成の文章は、オーケストラではなく、
何かピアノ練習曲のような、
淡々と続くのだれども、
転調が上手で、
クライマックスに、聴衆を引き込むような力がある。

と、感じるようになったのは最近の話。


感性が共鳴するのは、
辿った道と本当に関係がある。


サンダルで入れなかった、オリエンタル、
今度は、凛として浸ってみたい。




by HIS


orie.jpg

by PILOTE DE GUERRE



サヨナライツカ
# | 2006/04/04 16:30 | タイ | Comment (2) Trackback (0) |
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