Top | RSS | Admin
Cross-border Inspiration
心の琴線を奏でる何かが与えてくれる、信じてみたい気持ちを。超越国境的感動。

■ スポンサーサイト
--年--月--日 (--) 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
# | --/--/-- --:-- | スポンサー広告 | |

■ 検証:極東は東西のキワの交差点 フリーダムと般若”心”経が繋がった
2012年03月04日 (日) 編集 |
”戦後は自由という価値観が強調され過ぎてきた。これは西洋化の影響によるところが大きい。”
これは本当にそうであるのか。

思索深い米国人の友人に聞いたところ、”freedomとは生まれ持った魂というエネルギーの可能性を限定されることなく、自分らしく輝くという意味合いがある”という。

これは大変衝撃的な一言であった。

我々は西洋化したと思い込んでいてもその神髄を腑に落としていなかったのかもしれない。


さらに慧眼したのはfreedomの語源はサンスクリット語”hṛdaya(フリダヤ)”に起因するという説を知ったことである。

そうであるとすれば、西にキワに到達したこの概念は、東のキワにもしっかり到達していることになる。

般若心経の”心”とは”hṛdaya”の訳語であり、心臓、肉体、精神を包括する魂のエネルギーをあらわしているという。


表層で認識している事象も、もう一歩次元を深く観ずると物凄い真実が見え隠れする。


(つのだ☆ひろ氏は魂のエネルギー全開、この感覚が人生の醍醐味の手本であるような気もする)

スポンサーサイト
# | 2012/03/04 01:03 | 日本 | Comment (1) Trackback (0) |

■ 衝動的な愛国心
2012年02月28日 (火) 編集 |
ある外国のタクシーの後部座席にて。

外国人の友人が半ば嘲るように彼のiphoneでこれを再生しながら、
”典型的な日本人だ”と笑いながら私に見せてきた

こうした行動様式をどこか恥ずかしいと感じ生きてきた自分だが、
心の中から本能的な反発が湧き出てきた

確かに本心よりこうした人生を楽しめる瞬間があり、
一方でこうした人生を楽しめない毎日に苦しめられている

複雑な気持ちの中で明確な答えはでなかったが、
しかし日本人であることの誇りが自分の中に垣間見られたことが少しだけ嬉しかった


One day on the rear sheet of a taxi....

One non-Japanese friend of mine were playing wiht his iphone and suddenly laughing with jeering at this video.
He said to me "This is typical Japanese!"

I had been feeling awkward certain Japanese style sometimes but my instinctive repellence could not help bursting out of my inside at this time.

Yes, I have some moments to enjoy this kind of life.
On the other hands I am getting nervous because I really do not like it everyday.

Mixed feeling could not bring clear answer for myself.
But I found small happiness that I saw my "proud to be Japanese" mind was there.

# | 2012/02/28 00:32 | 日本 | Comment (0) Trackback (0) |

■ 和光同塵
2010年05月26日 (水) 編集 |
老子 五十六章

知る者は言わず、言う者は知らず。
その兌を塞ぎ、その門を閉じ、
その鋭を挫き、その粉を解き、
その光を和し、その塵に同じくす。
これを玄同と謂う。



十七条憲法 第十条

心の怒りを絶ち、
おもへりの怒りを棄てて、
人の違ふことを怒らざれ。

我必ず聖に非ず。
彼必ず愚かに非ず。
共に是凡夫ならくのみ。



聖徳太子は千四百年前に、
中国の道教と、インドの般若経の本質を悟り、
この日本の地で昇華していたのではないかと、
感無量になる。


分け隔てない、一元で観るということが、
この地が時を超えて語り続ける、
真の智慧。
# | 2010/05/26 01:02 | 日本 | Comment (1) Trackback (0) |

■ 止揚について
2008年03月30日 (日) 編集 |
ヘーゲルの「正」と「反」を止揚し「合」導く弁証法は、
矛盾の中でも毎日を生きる中で少しヒントになっていたが、
それに頼るのも危険ではないかという思想を見つけた。

アドルノは音楽家としても才を発揮していたので、
独自の感性で直感していたのかもしれない。

人類が止揚を続けているはずなのに、新たな野蛮に落ち込むのか。

芯を持つことで偏在する事象が構造化されてしまう、
芯を昇華するためにそれ以外の事象がそのためのものになってしまう、
関係性が生まれてしまう。

関係性を作ることで壊れることがあることを告げていると今の自分では解釈しているが。。。

正も反も全て相対的なもので、ただ偏在するだけ、
偏在する音階を組み合わせたものは合なのか、そうでないのか。
不協和音とは何か。




”誰も知らない世界と日本のまちがい” 松岡正剛著 を読みながら
# | 2008/03/30 23:39 | ドイツ | Comment (0) Trackback (0) |

■ 大自然の恩恵
2008年02月24日 (日) 編集 |
アラビア半島からの来客と半日同行する。
首都のアブダビ、経済基地のドバイ。
活況を呈する富は1960年代から採掘されている原油が源泉。

ドバイは世界中から人材を集め、1-2割のアラブ人はマネジメントとして高給を得て、余裕を持って暮らしている人も多いという。大卒新卒の給与は50万円程度とも聞いている。

乾いた砂漠で何世代も生きてきた日々に、突然大自然の恩恵が与えられる。

翻って日本は、緑豊かで水清き大地があるが、今の生活では慢性的な資源不足となってしまう。

まるで大自然は人間の営みを知覚しているかのような、不思議な恩恵の与え方。

| Top | Next
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。